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ある窃視者と詐欺師のはなし

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 マジックミラー越しに見る被疑者の顔は蒼白だった。虚ろな瞳を正面に座る捜査官に向けている。僕はその冷たい窓に手を這わせた。危険なものが何一つない取調室は、寒々しい。
「窓越しでも大丈夫なのか」
 引っ切りなしに煙草を吸っている刑事は県警の捜査一課の人らしい。僕にぶっきらぼうに尋ねた。しかし、今、彼の心を占めているのは、目の前の、頑なに黙秘を続ける被疑者ではなく、自分の妻だった。喧嘩をしているらしい。煮え切らない態度の僕への苛立半分、奥さんへの恨み言半分。
 僕は彼の心を読んでいるのが空しくなってきて、閉じた。そう、扉を閉めるように、僕は人の心を遮断する。そうすれば、僕の心はイヤなものを見なくてすむ。心の平安を、保つことができる。
 そして、未成年者の前で遠慮もなく吸い続けている男に顔を向ける。咳き込みそうだ。喉が渇く。吐き気がする。ひどい頭痛でガンガンと中から頭蓋を叩かれているような気分になる。
「それは関係ありません。ただ、この人、相当混乱してるみたいですね」
「はあ?そりゃあ、当たり前だろう」
「あんまり寝てないし。疲れてるみたいです」
「寝ぼけたこと言ってないで早く教えてくれ、犯ったか?犯ってねえのか?どっちだ?」
 僕は溜め息を吐いて、再び窓に向きなおった。冷たいパイプ椅子に腰掛けて小刻みに震えながら、それでも首を振り続けている被疑者の思考は取り留めがない。相当混乱している、と思った。僕は読心能力者だが、相手が現在進行形で思考していることしか理解できない。相手の記憶にまで踏み込むことはできないのだ。それが僕のアリスの限界である。
 特に今の相手のように、疲労がピークに達し、また絶えず疑われ続けて、自分が犯罪を犯したのか否かという点に関してすら混乱しているような場合は、真実など導き出せるはずもない。僕が呼ばれたところで、大した力にはなれないのだ。
 手違いかな。なんで僕がここに呼ばれちゃったんだか。学園ちゃんと仕事しろ。手配した事務局のミスを恨みながら僕は内心舌打ちする。どうせ、アリスによる読心の記録なんて、正当な裁判証拠として認められるわけでもないのだ。ただ、捜査員の士気を上げるため、またはあわよくば証拠発見の手懸かりを見つけるために、こうして呼び出されただけだ。僕は肩を竦めた。
「学園から事前にお伝えしてあると思いますが、僕は記憶野には入れないんですよ。こんなに混乱している方相手だと、残念ながらお力になることはできないと思います」
 ち、と今度は刑事が実際に舌打ちをした。心を覗いてみなくても、この役立たずのガキが、と思っているのは分かった。僕は何も言わずにただ、彼の顔をジッと見つめた。脇に立っていた若い刑事が、小さく溜め息を吐く。
「ご苦労、帰ってもらって結構だ」
「お疲れさまです」
 僕は軽く頭を下げた。紫煙を吐き上げた刑事の見下ろす瞳が、腹立たしくて、僕は再び扉を開いた。そして雪崩れ込んでくる、彼の妻への恨み言。
 止めようと思っても、唇の端が歪んでいく。僕は思わず皮肉を口にした。
「あ、奥様と仲直りできるといいですね」
 精一杯の無邪気を装ってにっこり笑いかけた僕に、刑事の顔が真っ赤になった。閉まる直前のドアの隙間から、「バケモノ!」という罵倒が聞こえて、僕はゲラゲラ笑った。
 そんなにいやなら、最初っから頼らなければいいんだ、バケモノなんかに。

 切れかけの蛍光灯がカチカチ鳴っている所轄署の薄暗い廊下で、何度も振り返られるのは、この制服の所為だ。あとはこの色素の薄い髪の毛と、抑制の利かなくなった笑いの所為。幾ら笑っても、目が笑ってないから怖いんだと、前に誰かに言われた。知るかよ。
 アリス学園の学生かあ。聞こえよがしに呟く奴らに僕は朗らかに会釈をしながら玄関ホールまで下りていくと、テレキネシス能力を有する後輩がベンチから立ち上がった。僕の護衛だ。
「お疲れさまです」
「お待たせー」
 ぱ、と手の中の携帯電話を開いて車を呼んだ彼は、再び僕に向き直る。
「で、どうでした」
「あーむりむり、締め上げちゃっててさあ。あんなに混乱してちゃ、分かるものも分かんないって、前から言ってんのに、本当反省しないんだ」
 僕とよく組む所為で、事情をよく知る彼は、あーあー、と言って笑った。
 アリスの人間の悪い癖は、非アリスを馬鹿にすることです。人間には役割というものがあります。彼らには、我々アリスとは違った役割があるのです。アリスの方が上であるというような驕りを持ってはいけません。
 教師の言葉が脳内で反芻された。初等部の頃から繰り返し繰り返し聞かされてきた言葉。知るかよ。
「千里眼か記憶読める奴でも呼べば?って話じゃん」
「そうすね」
 車寄せに黒塗りが近付く。窓ガラスは当然、防弾ガラスだ。僕らは外の世界では常に、命の危険と隣り合わせになっている。殺害、誘拐、強盗、強姦。どれもあり得る。一番人気は、今のところ、誘拐かな。だからこそ、こんなつまらない仕事の時でも、テレキネシスの二つ星とツーマンセルで行動するのだ。
 ちなみに僕も二つ星だ。中等部を卒業できるくらいなら、二つ星など誰でも貰える。まあ、ミシュランならそれなりに価値があるのかな。
「今から急いで帰れば、能力別クラスには間に合うかなー?」
 車に乗り込んで呟いた僕に、彼はギョッとした顔を取り繕おうともせずに叫んだ。
「げ、出席するつもりすか?俺、もう寮に帰るつもりだったんすけど」
「ま、帰っても怒られないとは思うけど?僕は、ちょっと顔だけでも出すわ、最近学校行ってないし」
「そうすねえ、忙しかったっすねえ」
「ねえ」
 窓に頭を持たせかけて相槌を打つ。彼の鼻歌が、流行歌のメロディを伝えている。運転手は一言も喋らなかった。
 僕は窓ガラスに映る二つの金の星を見つめた。些か恨みがましく。