ある窃視者と詐欺師のはなし
2
結局、僕の星は二つ以上には増えなかった。読心能力者は実はそれほど珍しくない。だからよほど優秀じゃないと、なかなか星が増えない。そして僕は基本的には平均点に届くか届かないか程度の学生だ。星二つのまま、僕は高校に進学した。
落ちこぼれには面倒な仕事もなかろうと高を括って、のらくらと日々楽しく過ごしていくつもりだった不真面目な学生だった僕だが、それが甘い考えであったことに、進学して直ぐ気付かされることになる。
読心能力者は役に立つ。人数は少なくないが、逆に働く場も多い。そう、教師は言った。テレパスとは即ち、インテリジェンスにも、カウンターインテリジェンスにも役立つ能力です、と。つまり、僕は人をスパイすることもできるし、スパイを捜し出すこともできる。有用な能力だ。心さえ読めば簡単なことだからだ。
もちろん、僕の能力に対抗する術は色々ある。
たとえば佐倉蜜柑の無効化アリス。アレはレアものだけど、他にも、色々な方法がある。高度に抽象的な思考をすることで、読心に対抗することもできる。あるいは心を閉ざしてしまえる特殊な人間もいる。または、思考を複雑に階層化させて、重要な情報ほど低階層に押し込むという方法もある。
だいたい、他人の思考を読むというのは、とても疲れることなのだ。余り必要がなければ、僕は進んで読むことをしない。第一、すべて律儀に読んでいたら、僕の脳は爆発してしまうし、人混みに入ることもできないだろう。僕の訓練は、そういう場合でも人間の思考を正確に読んでいく、というものだ。
人混みの中で必要な情報だけを選り分ける。心を閉ざしている人の思考を拓く。言語化されない思考を読み解く。己のことすら騙している人間の、本音を読み切る。学園に入学して以来、僕はひたすらそれらの訓練を受け続けてきた。
そのうちに僕は、人間というものの複雑さを知り、その醜悪さを知った。自分ではずっと前からそんなものを知っていると思い込んでいたが、それどころではないほどに、人には表も裏もさらにその裏もあるのだった。
アリスの存在を、国は完全に隠蔽しているわけではない。ある程度の人間は、この国にはそういう能力者が一定数、存在していることを、知識として知っている。しかし、それが大っぴらに認められることも、また、ない。
一体、何人の裁判官が、多くのアリスが警察に捜査協力しているということを知っているだろうか?あくまでも非合法で、隠密裏にしか行われないそれは、いくら検挙に貢献しても正式な裁判証拠としては認められない。そういう意味では、僕らは警察犬以下だ。
それは逆に言えば、恣意的なアリスの使用が横行しているということであるし、アリスによってもたらされた情報や証拠のうち、警察に都合の悪いものは揉み消されているということでもある。
僕は何度か、この人、無罪だと思います、と言ったことがある。僕が読んだ限りでは、彼らはその罪を犯してはいなかった。それでも起訴された人もいる。それでも、有罪判決を受けた人も、いる。極刑の判決を受けた人だって、いたのだ。
勿論、その逆も。
その度に僕の心の底に、とげのようなものが育っていくのだ。苦々しい気持ち。小学生の頃、先輩たちがしばしば暗い顔をして帰ってくるのを見た。彼らの気持ちが、今ではわかる。必ずしも僕と同じような仕事をしているわけではないだろう。アリスの「仕事」は多岐にわたる。棗君のような仕事も、殿のような仕事も、パーマのような仕事も、蜜柑ちゃんのような仕事も、ある。日の当たる仕事もあるし、その逆もある。
しかし僕たちには、根本的には共通のことが求められているのだ。
非アリスにはできない、考えられない、有り得ない、信じられない、許されない、そして望まれない仕事を、求められているのだ。
社会に貢献しているのだ、と思わないこともない。人の役に立つことには、達成感もやりがいもある。でも僕がやりたいのは、こんな窃視のような、盗み聞きのような行為ではない。
きちんと社会から認められていないということも、僕らの鬱屈を増長させている。どんなに優れたアリスを持っていても、所詮僕らは裏の仕事しかできない日陰者だ。
「人間には役割というものがあります。彼らには、我々アリスとは違った役割があるのです」
確かに。
僕が学園に来たのは、本当に幼い頃だ。読心能力は発見されやすいアリスだ。そして非常に忌避されやすいアリスでもある。誰だって心の中なんて読まれたくないだろう。だから、誰もが僕を不気味だと思うし、気味が悪いと嫌うのだ。
最初はただの勘のいい子どもだと僕のことを思っていた親族も、そのうちに薄気味悪くなってきたのだろう。それはそうだ。だって、僕は「勘を働かせて」いたわけではないのだから。普通の人が言葉を理解してコミュニケーションを取るように、僕は人の心の動きを読んでコミュニケーションを取る。結局違う生き物、「バケモノ」なんだろう。
アリス学園から入学勧誘があったとき、彼らは喜んだ。親元から離れたくなくて愚図る僕と、子どもを手元から離したくなくてなかなか首を縦に振らなかった両親に、彼らは言い聞かせた。あなたの、あなたの息子の能力が、正当に認められたのよ。喜ばなくては。
本当にそんな理由だったのだろうか。彼らは単に僕を疎んだだけではなかっただろうか。
今となっては、もうわからない。
僕は両親との関係を殆ど絶っている。両親だけは、僕を心の底から愛してくれたのだということを、僕は知っている。何しろ、その心を日々読んでいたのだから。しかし、優等生になることがなかった僕は、入学以来、一度も家に帰ったことが、ない。そして、今、彼らがどんな状態にあるのか、彼らが今も同じように僕を愛してくれているのかなどということは、全く分からないのだ。
若しかしたら彼らはもう、僕のことなど忘れてしまったかも知れない。あの、不躾な親戚連中と四六時中一緒にいるうちに、読心能力を持ったバケモノのような息子のことを、薄気味悪く思うようになったかも知れない。
彼らが今でも以前と同じように僕を愛してくれているなどという保証は、どこにもない。
そして学園の生徒の多くは、そういう状態にある。特に、突然変異型のアリスを有する子どもたちは。
一族唯一のアリスの子ども。つまりは、鬼っ子だ。
つまり、僕らは能力と引き換えに、自由を奪われて、引き千切られたのだ。そしてそれは永遠にもとには戻らない。
作品名:ある窃視者と詐欺師のはなし 作家名:芝田