Ⅷ→D
「ここは、貴方の居る場所じゃない。」
焦茶の髪の子供を携えた、美しい黒髪の女性。
彼女にそう言われた人物はしかし、全く傷付いた素振りも見せず、むしろ心得ているとばかりに頷いた。
「帰り方はわかるわね?」
問われ、また一つ頷く人物。
「そう…それじゃあ-
次の瞬間、女性と子供の前にかの人物の姿は無く、そこには見慣れた白い石の外壁が佇むのみ…。
「ママせんせい!だあれ?いなくなっちゃったよ?」
「…そうね。さっきの人は迷子なの、でももう大丈夫よ。だからスコール、私達も帰りましょう?」
「うん……おねえちゃん、あしたはみつけられるかなぁ…。」
「どうかしら…見つかると、良いわね。」
「ぼく、がんばるよ!」
そうして、女性と子供は白い石で出来た家の中へ入って行った。
必死に手を、指を伸ばし掴もうとしても、それは砂のように握り締めた掌からこぼれ落ちていく。
ああ、待ってくれ、
“それ”は無くしたくないんだ!
決して離すまいと何度も“彼女”との思い出を再生するも、“彼女”はどんどん薄れて行くばかり…。
最初に、声が消えた。
次に顔、そして仕種が薄れ、最後は“彼女”を形成するすべてが、彼方へと、ノイズに掻き消されてしまった。
そして…、
燃え尽きる前の蝋燭の火のように、記憶されていた思い出、埋もれて思い出せなくなっていた思い出が、一気に蘇りー
「(あたまがっ、われ………)」
―彼は、自分の中で何かが砕け壊れる音を聞いた。
最後に感じたのは、頬を伝う一粒の滴と、彼方からやってくる温かな光の気配…。