デフラグ
それから俺は栄口を避けるようになった。触ることはもちろん、1組にも行かなくなり、3日に一度部室で待ったりすることもやめた。君もまた離れゆく俺に何かしようとはしなかった。当然だ、俺のした行為は変態すぎる。
「水谷これやるよ」
「コロッケパンじゃん!わーやったー!!」
ちょうど腹が減っていたので差し出されたパンにかぶりつくと、そんな俺を見て阿部はにやりと笑う。
「……食った、食ったな?」
「?」
「パンの礼に今日の鍵当番代わってくれ。……食いかけのパン返しても駄目だ」
「……阿部最近ビミョーに俺にヒドくね?」
「さてねェ」
そういうわけでパン1個によって買収されてしまった俺は、校舎から鍵を取り部室へと施錠に向かう。蛍光灯の明かりが窓から漏れている様子に、君もこうして俺の待つ部室へ行っていたのかな、なんて感慨にふけるのは危険だ。欲しくなってしまうから。
栄口、今日は名前も呼んでないよ。
心の中で名前を連呼しながらドアを開いたから、なぜかそこに当たり前のようにして君がいる事実に俺は自分の目を疑ってしまった。
時には想像の中で汚し、ついには夢にまで出てきたあの微妙な笑顔を返し、栄口は突然俺に抱きついた。
鎖骨の辺りに強く押し付けられた額と耳まで赤くなった横顔に、ただでさえ緩い理性がぐにゃりと歪んで崩れそうになったのを必死に堪えて突き放した。肩をつかんだ俺の手は白いシャツにめり込み、弾かれるように顔を上げた栄口はなにか腹を決めたというような表情をしていた。
それが答えなんだろう。
君が出した答えに応じ、俺はその顔を見たまま唇を近づけた。栄口もまた目を閉じようとはせず、お互い目を開いたままするキスはなんだか不思議だった。
何回と部室で繰り返したように身体を預け、今日は君から暖かな温度を与えられている。あまり身体をくっつけたがらない俺に、君は少し訝しげな顔をした。しかし腰が引き気味になっている様子に気がついたのか、耳元で勃起してんの?なんて聞かれたら俺は投げやりに笑うことしかできない。
「水谷俺で立つことできんだ」
「き、気持ち悪いよな」
「え、なんで?」
「なんで、って……」
「俺はうれしいけど」
そんな言葉で俺を許さないで欲しい。
部室の電気が消えた後、俺たちが出てきたのはすいぶん後だったことは誰にも知られていないだろう。
あたりはもう真っ暗で校舎の近くには人すらいなかったけれど、それはとても都合が良かった。夜風は上気した頬を冷まし、暗闇は手を繋ぐ俺らを隠してくれたから。
「さかえぐち」
呼びかけると夜の中で君が笑い、手を軽く握り返してくれる。
この温もりは何年か経ち今みたいに一緒にいることができなくなっても、ずっと覚えているんだろう、そう思った。