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アウトローNo.

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白魚のような肌が薄暗い空間に滲む情景というものは、感情に対して排他的な人間にとっても迫るものはあるらしく、バダップは辺り一面に転がっている同胞たちを見下ろしていた瞳を半ば、引き寄せられるように後方へと向けた。今回のミッションに選出した他十人の見守る中、彼の方を選んだ形になったのは、バダップの中では偶然とも捉えられることはない。猜疑と憧憬を含んだ表情は、少女の純潔を思わせる口許の引き結びで危なげな均衡を保っていた。鬼窟の奥の奥、他の鬼達も知らぬ底に息づく彼はいよいよ以て生々しく、白い歯の間に鮮明な赤い舌頭を覗かすのである。鋭い牙を総身に隠しながら、目が合った彼は破顔した。それは悪魔をも蕩けさせる、至上の微笑みである。


 その日の特殊訓練を終え、各自帰宅の路についている頃であった。バウゼンへ様々な報告やら活動計画やらを伝えたバダップが地下に誂えてある特別室から上がってきたとき、高速エスカレーターを出た場所にミストレがいた。後ろに手を組み、壁に背を預けていた彼はバダップの顔を見て目を細めた。彼の頬や額には人間の持つ治癒能力を上げる保護シートが貼り付けられている。痛々しいその様子に、心を寄せる女生徒はまた卒倒を起こしかねない。線の細い彼の実に優美な動きは、歩き出したバダップに続く。

「今日の訓練、バダップはやっぱりオレたちとは段違いだと分かったよ。……何かヒントは掴めたようだね」
 人に聞かれても問題がないように含んだ言い方をするミストレの、その言わんとすることは充分伝わっている。ヒントというのは対円堂守との一線で決め手となる必殺技のインスピレーションのことだ。バウゼンに言い渡されて目下、彼らはその開発に心血を注いでいる。

 黙したまま歩みを止めないバダップの腕を掴んだミストレは、見返してくる相手の視線を受けながら口角を上げた。この相手との接し方は昨今の特別任務を介して重々感知してきた。今更言葉数が少ないことに何の言及も浮かばない。

 彼のためにデザインされたのかとも思えるほどきちりと軍服を着こなしているミストレをよく見ると、その下に数多の傷を負っているようで、優美な動きは彼の意地のようなものであることがこの近さで窺える。

 地獄の業火のような色を湛える瞳を見つめ返しながら、ミストレは手套をはめている手をバダップの顔面へと伸ばしていった。させたいようにしていた彼は、ミストレに前髪を掻き上げられ、その額の紋章を露わにされた。親指でそれをなぞり、手をスルリと顔のラインに沿わせるように落としたミストレは、眉一つ動かさないバダップにまた一歩近付いた。

「君は、実技も、学科も、ディスカッションにおいても他を圧倒している。オレは勿論君を負かすつもりではいるけれど、今現在、この距離はとても広い」
 ふたたび人差し指、中指、薬指でバダップの額に愛おしそうに触れたミストレは言葉を続けた。

「でもね、その分、オレは、君に負けないものも持っている」
「理解できない」
「ただの負け惜しみだけどね」
 このミストレーネ・カルスという人物は、実に奇っ怪だった。バダップに対する劣等感やら猜疑心を誰よりも強く持っているにも拘わらず、また同時に誰よりもバダップ・スリードという人間に心酔しているのである。その、愛するものを舌で愛撫するような凄艶な微笑みが、反面負の感情を湛えているのには知らず、ほんの少しだけバダップの息を浅くする。閉塞的な、濃縮されきった愛情を一身に受けながら、それでもバダップは応えるでもなく閑かな瞳を向けるだけであった。



 任務失敗を突きつけられたにも拘わらず、主立ったお咎めもなしに再び日常が過ぎて行っている。相も変わらず他生徒よりも入念にデータをとられるのはどういった意図があるのか、バダップにとっては詮索する必要もないことだった。彼は政府の、ヒビキ提督一派のからの正式な罰則を甘んじて受けるつもりであった。だが今現在、彼らは政府の介入、捜査によって蜘蛛の子を散らすようにバラバラに身を潜めている。バダップ達に構っている暇というものは実質、ないのだろう。以前よりも思考をすることの多くなったバダップは、気抜けしたように自主勉強に励む時間を過ごすことがあった。

 あの、円堂守との試合を経て、任務に携わったメンバーは少なからずも何かを感じているようで、今までの彼らの常識やら観念やらとの間で様々思い悩み、苛立ちを見せていた。バダップは自分の中核を変えない。ゆえにいつでも答えはシンプルであった。だがその中核を大きく揺るがされ、苛立ちはしないものの、彼自身も大きく揺れていた。

 その中で比較的苛立ちを強めているのはエスカバで、それに逆行するように静かだったのはミストレである。相変わらず親衛隊なるものに囲まれて花のように微笑む彼に、以前と現在の差は見受けられない。彼は実に演技派である。バダップにとって行動の指針となるのがこの国の未来についてなのに対して、ミストレはもっとシンプルで、近しいものに重点を置いているのかも知れない。不毛な考えを巡らすことの無かったバダップが、ミストレーネ・カルスという人物を真正面から観たのはこの機会が実に初めてであったのだろう。

 そんな日々が過ぎていく。日常を日常として過ごすことに漫然とできないメンバーも、少しずつ現実を享受して来始めたころ。その日の授業を全て終えたバダップは地下闘技場まで下りていた。捜査の手が伸びたそこは今、閑散としており塵一つ、また機械一つさえ残されてはいなかった。その闘技場を過ぎて、更に隠し通路を行けば、その先に訓練で使用していた八十年前仕様のサッカーグラウンドが広がっている。久々に踏む芝生の感触に感動は起こらない。それ程までには彼はサッカー自体に思い入れはないのかも知れない。センターラインを渡っていき中央に位置したとき、他方から聞こえた空気の流れに、最小限の動きで応えたバダップはその球体をストッピングする。サッカーボールである。それを手に余らせた彼は相手を見遣った。相変わらず優美な動きで近付いてきたミストレは、少し高いバダップを見上げると、今はもう何もない額に視線を注いでいた。

「何の用だ」
「君こそ、まさかサッカーが恋しいと思ってここに来たわけではないのだろう?」
 考えあぐねている様子のバダップは相変わらず割り切れない自身に、言いようもない焦燥を感じた。円堂守の指し示した胸が疼く。

「驚いた、君が、まさか君までもが変わってしまうなんて」
「お前は変化していないような物言いだな」
「そんなことはないさ。君と同じで、何とも、言えないけれども」
 手套越し、額を撫でられ、バダップは訝しげな瞳をした。今回、ミストレはそれだけに留まらなかったからである。また一歩距離を詰めたミストレはバダップに密着する。胸と言わず腹と言わず、呼吸をするごとに体の各部分が触れ合う。

「君は気付いていたかい?オレが、酷く自棄になっていたことを」
「いや」
作品名:アウトローNo. 作家名:7727