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NAMEROU~永遠(とき)の影法師

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「……そりゃあ酷ってものだよ」
マ夕゛オさんがぽつりと言った。それから、少し肩を竦めて笑った。
「君にはわからないだろう? 君はまだ若くてピチピチでお肌も水を弾いてツヤツヤしてて、……私なんかホラ、一回濡れると拭くまでずっとダラーッと濡れっぱなしなんだよ、」
マ夕゛オさんは横たわったまま半纏をまくって腕を出した。同時に、袂から取り出したスポイトでその上に水を垂らした。まるく水滴になれずに、だらしなく広がった水が手首の方へ流れていった。
「なっ?」
マ夕゛オさんは自嘲気味に髭面を揺らすと僕に続けた、
「こんな私が、嘘偽りのない姿を君に晒すなんて、いっそ嫌われて逃げ出した方がマシだと思っても仕方がないと思わないか?」
「……。」
納得できなかった。マ夕゛オさんだって自分でそう思っているだろう、随分回りくどい言い訳だと僕は思った。
「そんなこと知りませんっ!」
感情に任せて僕は叫んだ。何に腹を立てているのかも定かでなかった。
「僕だっていつかはマ夕゛オさんにみたいなおじさんになります! なのにどうして、ボクがボクの未来の姿でもあるマ夕゛オさんのことをそんな風に笑ったりバカにしたりできるんですかっ!」
「――……、」
マ夕゛オさんが、少し驚いたように僕を見た。それから、グラサンを押さえてくすりと笑った。
「……そうだな、君はそうかもしれないな、」
――だけどね、マ夕゛オさんはもう一度僕を見た。
「君みたいな純粋な真っすぐさは、受け止める方には少々眩しすぎたりもするんだよ、」
マ夕゛オさんは肩に息をつき、グラサン越しに灰色の岩天井を仰いだ。
「……、」
僕ははっとした。
「――マ夕゛オさん、」
それ以上、僕は言葉にならない思いを唇に噛み締めた。――ああ、僕は今まで、愛されることばかり願っていたけど、誰かを愛することについて真剣に考えたことがなかった、――僕を愛してよ! ノーコンの直球ばかりを放って、受け入れられないといじけてスネて、……そうだ、急に思い出したけど放りっぱなしで特にオチのない姉上とゴリダンナの絡みなんかそれこそ目も当てられない、いい加減、頼りっぱなしの姉上離れしなきゃと気ばかり焦って、空想のゴリダンナに姉上を奪う憎い敵役を押し付けて、ボクは自分をかわいそぶって、強引にストーリーに持ち出した挙句すいません全部ボクの妄想でした、勝手に失恋させたみたいになっててごめんなさい、あとこっちもついでだけど無駄にサワヤカなせんたくやの間男やらサワヤカだけどたまに会うたび胡散臭い従兄弟のにーちゃんやら朝からサワヤカウザい流しの納豆売り役やら押し付けちゃったオヅラさんにも本当心の底から申し訳ございませんでした、……ともあれ、諸々そういった意味も含めて時には愛のチェンジアップ、勇気と度胸のスローカーブだって必要なのだ。
「マ夕゛オさん」
僕は顔を上げた。いくつもの世界を超えて不思議な体験をして、少しはオトナになれたつもりでも、使える球種はまだ一つだけだから。今はその球で真っ向勝負するしかない。
「それでも、マ夕゛オさんは僕にとって ”マきしまむ 夕゛いすきな オじさん” のマ夕゛オさんなんです」
「……」
マ夕゛オさんの表情に、驚きと同時にさっと朱が差した。
「よせよ、本気にするだろ」
マ夕゛オさんはよれよれの半纏の裾を弄って横を向いた。
「……ふふっ、いいですよしても」
僕は洞窟の砂地に体育座りして、頬杖をついて目を細めた。この瞬間、僕はおじさん萌えの境地に目覚めたのだ。
その後の僕が幸か不幸かは、いつかそのときがきたら僕自身が自分で決めればいいことさ、僕の前から駆け出して転がるようになだらかな坂を降り、地底湖の波打ち際で威嚇の鋏を振り上げた蟹と真剣に戯るマ夕゛オさんを遠く眺めながら、心の襞をひたひたと浸して打ち寄せる幸福の波に身を委ねてボクは思った。


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