NAMEROU~永遠(とき)の影法師
「叔父上さすがの飲みっぷりです……☆」
うっとりポーに頬を染めて母さんが言った、
――ダン! 叔父上は空になった湯呑みをカウンターに叩き返した。――チッ、舌打ちすると父さんはギリギリ歯噛みした。
「叔父上今日はどちらに行かれるんですかっ?」
戸口に向かった叔父上の背を追いかけて母さんが言った、
「うん? ……そうだな、今日は港の方でも回ろうかと思っているんだ、どうも進捗状況が芳しくないようなのでね、」
片手に肘を支え、グラサンをくいと押し上げて叔父上が言った。どんなテキトー台詞を吐いててもそのポーズをちょい足しするだけですごくもっともらしいことを言っているように聞こえるのはどういう心理効果によるものだろう、僕は真面目に考えた。
「先生、叔父上のおシゴトの邪魔しちゃ悪いから今日は――」
「私も行きますっ!」
父さんの声に被せて母さんが言った。
「先生!」
痺れを切らした父さんが両手でダシ!とカウンターを叩いた。
「……えっ?」
母さんが振り向いた。すごく悲しそうな顔をしている……、大部分髪の毛に隠れているけど。
「行っちゃダメですか?」
鎮守の森で出会った小鹿みたいに小首を傾げて母さんが言った。
「……、」
父さんは苦しげに横を向くと、低く声を押し出すように言った、「……イイです、行って下さい、」
「ありがとう!」
母さんがたちまちぱあっと明るい顔(たぶん)になった。
リビングを出ていく間際、グラサン叔父上の肩が勝ち誇ったように小さく揺れた。短く首を巡らせた叔父上と父さんの目が合う、バチバチ散る火花を背景に、――わぁ、竜虎なんたら図だ、いんやハブ対マングースのがらしいかな、僕は思った。
連れ立った二人が廊下を抜けて玄関に向かう間も、和やかな談笑は途切れることがない。ぱたりと表戸が締まり、家の中から二人の気配が完全に消えたあと、
「チックショォォォォ!!!!!」
父さんは握り締めた拳でばしばしカウンターに八つ当たりした。隠れていた僕たちはようやっとクローゼットの外に出た。
「……やれやれ、とても見ちゃいられないな、」
袂に腕を組み、目を閉じたロンゲのにーちゃんが深い溜め息交じりに言った。
「代理叔父上でさえこのザマだ、ホンモノに太刀打ちできる訳が無い」
「完全にペース握られてるアル、」
こんぶジャーキーをはむはむしながらチャイナ少女がお手上げのポーズを取った。わんことオバケ生物も仲良く肩を並べて頷いた。てゆーか、そもそも僕を含めてこのメンツは父さんとどういう関係なのだろう、……いや、父さんと呼んでいるからには僕は天パのこの人の、目付きの荒んだ父さんの息子なのだろうか、――……父さん?
「……あの、」
僕は恐る恐る口を開いた、
「あ?」
父さんがかったるそうな半眼で僕を見た、
「……僕は……、僕は……、」
僕は頭を押さえた、耳の付け根がズキズキガンガンぐらぐらする、
「――ボクは、」
僕ははっと顔を上げた。何もない、真っ白な空間に僕一人がぽつんと取り残されていた。
(――……、)
――ああ、そう言えばどこかで聞いたことがある、本当の絶望とは暗闇の底に叩き落されることではなく、ほんの僅かな光の点、希望という名の道標さえ知れぬ無限の八方塞のことをいうのだと。
「はは、ははは……、」
僕はぽっかり浮かんだ空間の宙に手をついた。ひとり乾いた笑いは、真白の空白に音もなく吸い込まれていった……。
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作品名:NAMEROU~永遠(とき)の影法師 作家名:みっふー♪