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オッフェンブルグの戦い

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「そういや聞いたか?フランドルには英雄がいるらしいぞ」
「英雄?」
「あぁ。なんでも白銀の甲冑に白銀の大剣を持っていて、それを片手一本で飄々と振り回すんだとか」
「下らんな。所詮は名声に溺れた人殺しであろう」
「まぁでも、一度は対峙してみてぇよなぁ」

そう言った男は既にそこら中にある屍と同じ様に、赤い血を流し、赤い地に転がってしまっている。英雄と対峙する間もなく、彼自身が言っていた白銀の大剣に首を刈られてしまったのだ。
数日前まで賑わっていたオッフェンブルグはたった一日で変わり果てた姿へと変貌していた。
フランドルがプロイツェンへ軍を向けたという報が届き、フランドルに一番近い西部の都市オッフェンブルグに迎え撃つ様にと命令が下された。武器や削られていた食糧等の補充もでき、フランドル軍を迎え撃つ準備は万全の状態だった。
しかし英雄にはそんなものなんの意味も成さず、ゲーフェンの同胞達は今も尚次々と命を奪われてゆく。英雄の通った道には沢山の屍が折り重なり、大地は茶から赤へと移り変わる。

「――…っ」

折り重なった屍の中に、見知った顔を見つけた。ゲーフェンと同じ漆黒の髪をした顔が、二つ。
…兄と、弟だった。
弟を庇う様に兄が覆い被さり、その左胸――心臓を下にいた弟ごと貫かれたように見える。
嘘だ、とゲーフェンは呟く。
この惨状はまるで地獄のようだ。あの賑やかなオッフェンブルグが今や血と焦げた肉の匂いに埋め尽くされている、など。
声と体が無駄に大きい男も、頭が冴えていて時々嫌みな兄も、しつこいながらも懸命にゲーフェンの後をついて来た弟も、皆屍になっている、など。

「親父が…いない」

そう自ら言葉に出してから、ゲーフェンはそこに父がいない事に気が付いた。…まだ希望はある。一人では勝てなくとも、父と二人ならばあの英雄を打ち倒す事ができるやもしれない。
ゲーフェンの顔に覇気が戻り、その脚は自然と駆け出していた。
そしてある角を曲がる直前、叫ぶような声が響く。その声は父親のものだった。喜びに満ちた顔でゲーフェンはその角を曲がる。
その時ゲーフェンの瞳に映ったのは――

剣を振りかぶる父。その剣を弾き飛ばす英雄。呆然と立ち尽くす父。その首に剣を振る英雄。

次の瞬間にはもう、父は大地に崩れ落ちていた。その光景を見たゲーフェンはたまらず父と同じ様に大地へと崩れ落ちる。
英雄は白銀の甲冑を真っ赤に染め、周りにある屍に浴びせる様に声を上げて笑った。笑っている筈なのに瞳からは大粒の涙が溢れ、地に染み込んでゆく。
その姿からは彼が英雄等とは到底思えない。例えるならば、そう――


≪銀色の死神≫だ。




「憎いかね?」

ゲーフェンの背後から突如として声が響く。振り返ればそこにはいつの間にか全身黒尽くめの男が立っていた。

――憎いか、だと。そんなものは愚問だ。愛する戦友を、家族を奪われて憎くない者などいない。

「彼が憎いかね?」

二度目の問い掛けにゲーフェンは首を縦に振る。

「ならば、私の言うことに従いなさい。そうすれば必ず復讐の機会はやってくる…約束しよう」

黒尽くめの男が手を差し出す。その手が自分を希望へ導いてくれるような、そんな気がして。
その僅かな希望に縋る様に、ゲーフェンは虚ろな瞳でその手を取った。


作品名:オッフェンブルグの戦い 作家名:nago