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小雲エイチ
小雲エイチ
novelistID. 15039
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泣けない子供

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聞いたことのあるようなないような、そんな外国の言葉がテレビから流れてくる。
馴染みのない言語は、字幕を見ないと最早なにかの呪文のようにしか聞こえない。
うつらうつらと今にも船をこぎ出しそうになるのを、奥歯を噛みしめることでなんとか堪えた。

昨日、次の日が休みだからといって遅くまでチャットをしたのが仇となってしまった。
いや、僕の予定では、今日は昼まで寝るはずだった。
それなのに、いきなり電話で僕を呼び出した臨也さんが悪いのだ。
臨也さんが僕を呼び出すなんてよっぽどの事が起きたのかと思い急いで駆けつけると、臨也さんは優雅に紅茶なんて飲みながら、僕を家へと迎え入れ、ソファに座らせた。
緊張して膝の上で堅くこぶしを握る僕とは正反対に臨也さんは嬉しそうに鼻歌なんて歌っていて、そして、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべながら「DVDたくさん借りたから一緒に観ようよ」とほざいたのだ。

約六時間ほど前の出来事を思い返し、どうしてあの時誘いを断らなかったのだろうと過去の自分を呪った。
それから約六時間ものあいだ、僕はこの黒皮のソファに臨也さんと隣り合って座り、ひたすら映画を観ている。
臨也さんが借りてきたというDVDには僕が見たかった最新作もあったし最初のうちは、アクションやらミステリーやらでそこそこ楽しめた。
けれど、さすがにぶっ続けで映画を観ていると疲れてくるし、それにとどめを刺すかのように、今流れている映画は穏やかで抑揚のない情緒的なものだった。
喉まででかかった欠伸をどうにか飲み込み、ちらりと隣を盗み見ると、ちょうど臨也さんもこちらを見ていたようで、目が合った。
慌てて視線をテレビに戻し、呪文のような言葉を無理やり耳に押し込もうとしていると、横から急に腕を引かれた。
簡単にバランスを崩した僕の頭が、ぽすりと臨也さんの膝に収まる。
男に膝枕されるなんて出来れば遠慮したかったから、起き上がろうとすると頭を掴まれ膝に押し付けられた。

「じゃーん、膝枕ー。よかったね帝人君、世の男共の夢を実現できたね」
「……いたいです」

男の夢はきっと、もっと柔らかいに違いない。
それに、匂いだってきっと、こんなに甘くてクラクラするようなものじゃなくて、もっとお日様みたいに暖かい匂いがするに決まっている。
不平が頭の中で次々と浮かぶが、口に出すことなく消えていく。
口に出して面倒なことになるのはごめんだったし、こんなに眠気に取り付かれた頭では売り言葉に買い言葉にすらならないだろうと思ったのだ。

何度起きあがろうとしても膝に頭を押さえつけられる。
だんだん抵抗するが馬鹿らしくなってきて、大人しく臨也さんの膝に額をすり付けると、それに気をよくしたのか「帝人君、寝てもいいよ」と優しく声をかけられた。
子供を寝かしつけるように、臨也さんが一定のリズムで僕の肩をたたく。
肩から伝わる振動とテレビからゆったりと流れる映像が、僕の体から、溜まった眠気を引きずり出すのにそう時間はかからなかった。
のどかな高原の映像を流す巨大なテレビの右下に、小さく『3:34』の文字が映っている。
まだこの映画が始まってから、三十分もたっていなかった。

そういえば、人間は午後二時から四時にかけてが一番眠たくなる時間なのだと、以前誰かが言っていた。ネット上で見たのだっただろうか。それともダラーズの掲示板上かもしれない。
今は遠くに行ってしまった親友のでたらめかもしれないし、街の何げない他人の会話の切れ端かもしれないし、それとも、それとも、臨也さんとの会話の一つだったかもしれない。どこで聞いたのか、靄がかかって思いだせない。
人間が一番眠たくなる時間帯なら、眠たくなったってしょうがない――そう誰に聞かせるわけでもない言い訳を口の中で転がし、目を閉じる。

臨也さんが、猫を撫でるような手つきで僕の頭を撫でる。
頭を撫でられることなんて、しばらくなかったから、少しくすぐったい。
頭に当たる足はかたくて少し寝にくいけれど、耳に流れ込む臨也さんの声や僕の髪を梳く指が心地よくて、彼の脚のかたさなどそんな事どうでもよく感じはじめた。
映画から流れてくる女の人の声と、臨也さんの声が会話をするように混じり合って聞こえてくる。
夢と現実の間を行ったり来たりする意識を、耳に集中させ、臨也さんの声を掬う。

「みか……くん」
名前を、呼ばれている。
目を開けようとしても、上瞼と下瞼がしっかり手と手を取り合っていて、離れようとしない。
目が開かないなら、せめて返事を返さないと。
けれど、僕の口から出てくるのは、ただ口から空気が抜けていく音だけだった。
「……かどくん」
ろくな反応を返せない僕に、臨也さんは言葉を紡ぎ続ける。
「もう、……た?」
すみません、臨也さん。
話なら、後で、聞きますから。
今は、眠いんです。
頭の中が、ふわふわしていて、臨也さんが、なに言っているか、分からないから、だから、あとで――

「みかどくん、おれ……と、あ……る?」
霧散してゆく意識と共に、臨也さんの言葉も散り散りになる。
そのまま、僕の意識は、水面に投げ込まれた石のように容易くまどろみの深くに落ちていった。



目を開けたはずなのに、視界は暗いままだったので少し驚いた。
眠りに落ちる前は明るかった部屋が、今は暗い。
映画もとうに終わってしまったのか、テレビは電源を落とされている。
一体、何時間寝ていたのだろうか。
ぼぅっとする頭を必死に動かそうとするが、寝起き特有の倦怠感が邪魔をして上手くいかない。
火照ってしまった体が冷たさを求めて身じろぎすると、頭上から「起きた?」と声をかけられた。
「おはよう、ございます……」
「よく寝てたね。悪いんだけど、そろそろ退いてくれないかなぁ。足痺れちゃった」
膝枕を強請してきたのは臨也さんなのに、やれやれと言った感じで笑われた。
けれど、そんなことすっかり忘れていた僕は素直に「すみません」と謝って膝から起き上がる。
霞む目を擦りながら、僕は無意識に何かを思いだそうとしていた。
――何か、忘れている気がする。
それが何かと訊かれると、少し困る。
けれど、寝ている間に謎のもやもやが、僕の頭に刻み込まれたのは、確かだ。
何だっただろうか。何か、何かとても大事なことを言われたような気がするのだ。

「あの、臨也さん」
もやもやの原因である臨也さんに問いかける。
「んー? あの映画なら、結局主人公が思い人に殺されて、いきなり数年後に場面が変わって幼馴染と思い人が結婚式あげて終わったよ」
映画の顛末を聞きたかったわけではなかったのだけれど、臨也さんの口からでてきた予想を斜めにいく結末に、思わず言葉を失う。
――まさかあののどかな高原でそんな惨劇が起こったとは。
あんぐりと口を開けた僕を一瞥した後、臨也さんは心底楽しそうに「まあ、嘘だけど」とネタばらしをした。

馬鹿にされたようで少しむっとしながら「僕が聞きたいのは映画のことじゃなくて、あの、臨也さんが、言ってたことです」と簡潔に伝える。
すると、からからとした笑い声が止まり、しんとした空気があたりを包んだ。

「い、臨也さん……?」
「――起きてたの?」
作品名:泣けない子供 作家名:小雲エイチ