待つのはいいですけれど
いつの?と聞く前に、彼は電話を切った。ブツリと音声が途切れる音。後は静かなノイズが、あるいは空気が織り成す僅かな音が、あるいはパソコンのファン音が。
「夏ってなんですか夏って。今は秋でしょう」
この電話は、他愛のない会話で終わるはずだった。なのに、お互い大きな出来事がなかったと確認しあった後、唐突に言われたのだ。
「夏、橋の上で。待ってる」
いみがわかりません、と咄嗟に切り返した。そして、いつ、どこで待ち合わせだと聞くより早く、彼はじゃあなと言った。こっちが何か聞く前に話を打ち切るなんて、なんて失礼なんだろう。こんな失礼な事をする人だったか?彼が?いや、そんなはずは。
「ないはずなんですが。とりあえずもう一度電話をかけてみましょう」
リダイヤルボタンを押す。プッと電子音が聞こえ、数秒のホワイトノイズが流れる。何度かプップッという音が繰り返されるが、まだかからない。
首を緩やかに傾げると、耳を当てた部分から、機械の音声が聞こえてきた。
おかけになったでんわは、げんざいでんぱのとどかないところにいるか、でんげんがはいっていないためかかりま
「音信不通?イギリスの事だからなんともないんじゃない。ほっとけばいいでしょ」
なぜこの男に相談したのか、自分でもよくわからない、なんでだろう。そう、日本は適当に相槌を打ちつつ考えた。
「他の方も連絡がつかないようですし」
「元来俺達ってあんまり会わないじゃない?基本お家の中にいるわけだし。電話するのだって、前は全然だっただろ?だから、珍しい事じゃないんじゃない」
「はあ。まあ、そうですが」
「曖昧だなー。お兄さんとしては、いなくなって清々するよ」
「そこまで言いますか」
フランスとイギリスは仲がいいわけでもないので、本当に、何故彼に相談したのか、日本も未だにわからなかった。なんとなく、彼に聞けばいい気がしたのだが、気のせいだったのだろう。要するに、有益な情報もなく、ほっとけというアドバイスしかもらえなかった。
「そうだ。夏、橋の上、これで何か思い浮かびませんか?」
「なあにそれは。リドル?」
「私が言ったわけではありませんので、詳細はわかりません。連絡が取れなくなる直前の電話で、イギリスさんが言っていたんです」
「ふうん?うーん、ううーん、特になにも思いつかないな」
「なんでしょうね、いったい」
「まあ一つわかる事があるとすれば」
「すれば?」
「長い事会わないつもりって事さ。秋は夏から一番遠い」
冬よりも、春よりも。隣り合っているのに、季節は一方通行だ。
「ああ確かに」
頷いた。
それは困ります、という感想が出てきたのはフランスの家を辞した後だった。
フランスに言われた直後は、どうも言葉を理解してはいなかったらしい。後になって、やっと、困るな、と日本は思った。
「ううん、困ります。ええ、困ります。これは困ります。困ってしまいます。はて、どうしましょう」
言葉遊びのような事を呟いてみた。むなしい。
「長い期間会わないとは言っても、会議とかどうするんでしょう。……上司が会議をするので私達は別段必要ないのは確かですが、今後も会議の予定が……予定が……ええと、まあ置いておきまして。とにかく会わないというのは難しいのではないでしょうか。そりゃあ普段は家でぬくぬくしている時間が多いですけれども、私だって友人や知人の家に行きますよ。そうすると何かしらブッキングするものですし、現実的ではない」
誰に話しかけているのか、つらつらと、回りだした舌が止まらない。同時にグルグルと思考も回る。ひどく感情の波が高くなっている事を、日本は自覚していない。
「……と思うのですけれど」
思うが、しかし、フランスの言った事はもっともに思えた。
「まさか、本当に、一年近く会わないつもりなのですか?」
ぞっとした。
まさかのまさかだった。
本当に、秋の間も、冬の間も、年が明けても、色取り取りの花が咲く季節になっても、深く真新しい緑が眩しくなっても、長い雨が降り注いでも、イギリスと会う事はなかった。
連絡もない。電話もない。友人達も同じだった。しかし、探さないのかと聞くと、大丈夫だよと一様に答えられて、日本は言葉を失った。なるほど、フランスの言う通り、我々はそんなものであるらしい。
春に差し掛かった時に、フランスは意味深にこう言っていた。
「まあなんだ。お兄さんは気にしない事を推奨するよ。馬鹿だからこうでもしなきゃ伝えられないと思っているようだけど、いやいや、わかりやすくわかりやすいじゃないか、と。ニブチンなのはどっちなのよって思うわけね。お兄さんは」
だから夏まで待ってみたら?とフランスに言われて、日本はそうですねなどとやる気なく返した。
待つのはいいですけれど、問題は、橋がどこだかわからない、という事ですよ。
その言葉は飲み込んだ。
「夏ってなんですか夏って。今は秋でしょう」
この電話は、他愛のない会話で終わるはずだった。なのに、お互い大きな出来事がなかったと確認しあった後、唐突に言われたのだ。
「夏、橋の上で。待ってる」
いみがわかりません、と咄嗟に切り返した。そして、いつ、どこで待ち合わせだと聞くより早く、彼はじゃあなと言った。こっちが何か聞く前に話を打ち切るなんて、なんて失礼なんだろう。こんな失礼な事をする人だったか?彼が?いや、そんなはずは。
「ないはずなんですが。とりあえずもう一度電話をかけてみましょう」
リダイヤルボタンを押す。プッと電子音が聞こえ、数秒のホワイトノイズが流れる。何度かプップッという音が繰り返されるが、まだかからない。
首を緩やかに傾げると、耳を当てた部分から、機械の音声が聞こえてきた。
おかけになったでんわは、げんざいでんぱのとどかないところにいるか、でんげんがはいっていないためかかりま
「音信不通?イギリスの事だからなんともないんじゃない。ほっとけばいいでしょ」
なぜこの男に相談したのか、自分でもよくわからない、なんでだろう。そう、日本は適当に相槌を打ちつつ考えた。
「他の方も連絡がつかないようですし」
「元来俺達ってあんまり会わないじゃない?基本お家の中にいるわけだし。電話するのだって、前は全然だっただろ?だから、珍しい事じゃないんじゃない」
「はあ。まあ、そうですが」
「曖昧だなー。お兄さんとしては、いなくなって清々するよ」
「そこまで言いますか」
フランスとイギリスは仲がいいわけでもないので、本当に、何故彼に相談したのか、日本も未だにわからなかった。なんとなく、彼に聞けばいい気がしたのだが、気のせいだったのだろう。要するに、有益な情報もなく、ほっとけというアドバイスしかもらえなかった。
「そうだ。夏、橋の上、これで何か思い浮かびませんか?」
「なあにそれは。リドル?」
「私が言ったわけではありませんので、詳細はわかりません。連絡が取れなくなる直前の電話で、イギリスさんが言っていたんです」
「ふうん?うーん、ううーん、特になにも思いつかないな」
「なんでしょうね、いったい」
「まあ一つわかる事があるとすれば」
「すれば?」
「長い事会わないつもりって事さ。秋は夏から一番遠い」
冬よりも、春よりも。隣り合っているのに、季節は一方通行だ。
「ああ確かに」
頷いた。
それは困ります、という感想が出てきたのはフランスの家を辞した後だった。
フランスに言われた直後は、どうも言葉を理解してはいなかったらしい。後になって、やっと、困るな、と日本は思った。
「ううん、困ります。ええ、困ります。これは困ります。困ってしまいます。はて、どうしましょう」
言葉遊びのような事を呟いてみた。むなしい。
「長い期間会わないとは言っても、会議とかどうするんでしょう。……上司が会議をするので私達は別段必要ないのは確かですが、今後も会議の予定が……予定が……ええと、まあ置いておきまして。とにかく会わないというのは難しいのではないでしょうか。そりゃあ普段は家でぬくぬくしている時間が多いですけれども、私だって友人や知人の家に行きますよ。そうすると何かしらブッキングするものですし、現実的ではない」
誰に話しかけているのか、つらつらと、回りだした舌が止まらない。同時にグルグルと思考も回る。ひどく感情の波が高くなっている事を、日本は自覚していない。
「……と思うのですけれど」
思うが、しかし、フランスの言った事はもっともに思えた。
「まさか、本当に、一年近く会わないつもりなのですか?」
ぞっとした。
まさかのまさかだった。
本当に、秋の間も、冬の間も、年が明けても、色取り取りの花が咲く季節になっても、深く真新しい緑が眩しくなっても、長い雨が降り注いでも、イギリスと会う事はなかった。
連絡もない。電話もない。友人達も同じだった。しかし、探さないのかと聞くと、大丈夫だよと一様に答えられて、日本は言葉を失った。なるほど、フランスの言う通り、我々はそんなものであるらしい。
春に差し掛かった時に、フランスは意味深にこう言っていた。
「まあなんだ。お兄さんは気にしない事を推奨するよ。馬鹿だからこうでもしなきゃ伝えられないと思っているようだけど、いやいや、わかりやすくわかりやすいじゃないか、と。ニブチンなのはどっちなのよって思うわけね。お兄さんは」
だから夏まで待ってみたら?とフランスに言われて、日本はそうですねなどとやる気なく返した。
待つのはいいですけれど、問題は、橋がどこだかわからない、という事ですよ。
その言葉は飲み込んだ。
作品名:待つのはいいですけれど 作家名:sasara