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添臥と寒暁

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 やがて、夜が明ける気配が寝間を満たすのに、准は穏やかな目覚めにゆっくりと目を開けた。
 白々とした光が部屋の中に差し込む冬の朝。
 准は、目の前に愛おしい人の顔が見えるのに覚えず微笑んだ。
 昨日、あんなに頑なに准に顔を見られるのを嫌がっていた糸色が、この夜の間に寝返りを打ったのだろう、今は准と向かい合う形で、すやすやと心地よさそうな寝顔を見せて眠っている。
 先生、と、准は唇だけで彼を呼んだ。声を掛けて起こしてしまわないよう。
 枕上にある時計が示す時刻はまだ起きるのには少し早い頃。このまましばらく、目を覚まして最初に目にしたのが好きな人の安らかな眠り顔であったという僥倖にひたりながら彼を見つめていたいから。
 柔らかく伏せられた瞼、透けるように白い頬、綺麗なその人の寝顔を見つめながら、向かい合った体をほんの少し近づけようと身じろぐ──と、
「ん……」
 小さな寝息を零しながら、目の前の体がつっ、と准の方へ寄り添って来たのに、准はちょっと目を瞠った。
 ぴたりと体を擦り寄せてくるその人は、目覚めている訳ではないらしい。寝返りと同じ無意識の動きで、准の方へと寄ってきているのだ。
 柔らかな髪の先が、准の首元を擽る。体の内のどことも知れぬ場所から全身へ熱が巡って、准はどきどきと胸が高鳴るのを感じていた。
 腕枕の形に腕を伸ばして、もう片方の手でそっと彼の背を抱き寄せかけると、その手の動きに導かれたように、糸色の体は更に准の方へ寄り添ってきた。
 背中を抱く准の腕に応えるように、彼の腕も准の背へと絡みついてくる。
 なんだかとても嬉しくて堪らなくて、准はその浮き立つ気持ちのままに彼を強く抱きしめてしまいたい気持ちを抑え込むのにちょっと苦労した。
 突然そんなことをしては、彼を驚かせて目覚めさせてしまう。
 だから准は、ただ柔らかく添えた掌で柔らかに背中を撫でるだけにして、触れた場所に感じる暖かさにそっと眼を細めた。
 外では雪でも降っているのだろうか、光降る朝とはいえど、部屋の中は多分昨夜よりももっと寒くて、布団に包まれていない頬のあたりなど、ぴりぴりとした冷たさを感じるほどだ。
 だから、准の胸に寄り添って、心地よさげに眠るその人も、きっとこの温かさを欲して、こうして身を寄せに来たのだろう。
 無意識のうち、湯たんぽ代わりに抱きしめられたのだろうかと、楽しいような心持ちで准は思う。
 肌を合わせていて、その快楽に心が滲むほどに酔い痴れる時、あるいは心安らかな眠りの中にいてただ心地よいものだけ夢うつつに探す時。意識がブレーキを掛けないそんな時に、彼が准を求めてくれるということは、とても、とても嬉しいことだった。
 寄り添わせた体の間に溜まる温かさが快いのだろうか、糸色は寝息をたてながら、更にきゅうっと准にしがみつくようにして体を擦り寄せてくる。
 応えて准も彼の体に腕を回して抱き寄せれば、昨夜、彼が恥ずかしがって准に背を向けてしまう少し前によく似た形になった。
 そうして体を寄せ合って、しばし。
 このままいつまでだってこうして抱き合っていても構わない──なんて思っていると、腕の中の体が急に、驚いたようにびくんと跳ねた。
「あ……」
 戸惑ったような息遣いと小さな声が耳元に触れる。続いて、しがみつくほどの強さだった糸色の腕が、慌てたように、するりと准の背中から解けた。
「起きたの? 先生──おはようございます」
 開いた目をぱちぱちと瞬かせている彼へ、至近の距離からそう朝の挨拶を告げると、糸色はなにがなにやら分かっていないような面持ちをしていて、
「はい──」
 と頼りなげな言葉が返ってきた。
 眠りに就いた時には背を向けていたはずの准の腕の中に、目が覚めればすっぽりと収まって、というか自分からも抱きついてしまっていたのだから、糸色が戸惑ってしまうのも無理もないかもしれない。
「今日も寒いですね。まだ時間早いですから、ゆっくりしても大丈夫ですよ」
 彼の背を抱いたまま、ふたつの体をぴたりと寄り添わせたまま、准は何と云うこともない他愛ない言葉を続けた。
 昨夜甘く抱き合って、添い臥して眠った二人が、やがて目覚めた寒い朝に、こんな風に抱き合っていることもまた、何と云うこともない当たり前のことだと思ってもらえるように。
「久藤くん……」
 抱きしめる准の腕に体を預けたまま、きっと、昨日背を向けて見せてくれはしなかった時とはまるで違うはずのくすぐったげな表情で、糸色は准の名を呼んだ。
 その様を愛おしいと思う心のまま、そっと白い頬へ唇を寄せると、耳に微かに触れるほどの、甘やかな吐息が彼から零れた。
「おはようございます……」
 そして柔らかに告げられる言葉。口接けの余韻を愛おしみながら見つめる腕の中の恋人は、安らいだ笑みで准を見つめている。
 この人は今度抱き合う夜には、もう羞じらって背を向けることなく、准に心を預けてくれるだろうか。それともまた幾度かは、昨日みたいに准から隠れるようにして身を縮こまらせてしまうだろうか。
 どちらでもいい、どちらにしてもいずれ──きっと今朝のような当たり前の夜明けが、二人の間に訪れるだろうと思えるから。
 他愛のない冬の朝、外の寒さなんて空事のような暖かさに満ちたひとつ寝床の中で。
 准はきっととても当たり前の、けれど得難い幸せを自分が手に入れているのだと確かに感じながら、もう一度強く、愛しい人の体を抱きしめた。
作品名:添臥と寒暁 作家名:ヒロセ