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日永ナオ(れいし)
日永ナオ(れいし)
novelistID. 15615
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都市計画(仮)

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沢田綱吉、二十歳、春。
「一番面倒くさいものが何か、知ってますか?」
 さわやかな風が、都市の頭上を駆け抜ける。日本の春だ。優しい石鹸のにおいと、どこからか昼餉の気配も漂ってくる。
 周囲は不思議なほど平和なのに、似つかわしくない光景がそこにはあった。ビルがひしめき合うメトロポリスの一角の、壁のひび割れが気になるビルの屋上。更にその看板の下という狭いスペースに、男が二人ほど、灰色の布を被って身を伏せている。
「それは君にとって? それとも僕にとって?」
 質問しているのは自分の方なんだけれど、と綱吉は心中で愚痴をこぼしながらも、その姿勢と呼吸は恐ろしいまでに平静だ。
 綱吉は現在地からおよそ600mほど離れたビルの一角を狙って、スナイパーライフルを構えていた。
 指示された作戦の決行時刻よりはまだ五分程度早いが、綱吉は既に銃を構えている。隣にイレギュラーな要素がいるが、そこは大きな問題ではない。彼の集中は、いつもここから始まる。
「俺にとって。一番厄介で面倒くさいもの」
 綱吉はスコープから少しを目をそらさずに、呼吸もほとんど乱さず、姿勢も揺るがずに会話を続けている。
 その先には仕留めるべき標的が居て、絶対に目をそらしてはならない。
「……強い人間?」
 だが、遅れてきた質問への返答に、綱吉は思わず口の端を釣り上げてしまう。
「答えはノー。一番面倒なのは……ええと、ひばりさん、でしたっけ?」
「雲雀恭弥」
 ぶっきらぼうに雲雀は名乗った。先ほども言っただろうに、こいつは人の話を聞かないのかとむっとしているようだが、綱吉に雲雀のご機嫌を取る義理はない。
「雲雀さん。あなたみたいな一般人が一番面倒くさいんですよ」
「なぜ?」
 看板の下、銃身と一体になるような形の綱吉より、雲雀はずいぶんと奥まったところに伏せている。
 綱吉に指示されて、二人で一枚の布をかぶっているので、自然と距離は近くなる。雲雀は、やや後ろから綱吉の横顔をじっと見つめている。
「一般人はつけこむ隙がないんですよ。一般人に言ってもわからないでしょうけど」
 そう言う綱吉の言葉を、雲雀はふうんと聞き流しながら、細部まで観察する。ただし、銃身に隠れて表情はあまり伺うことは出来ないが、それでも。
 頬は銃身と一体化してしまったように形を変え、髪は柔らかく布に押しつぶされている。際立った大きな瞳はスコープ以外を視野に入れない。時折、その先にあるものを映して、隙間から見える眼の中で光が屈折する。
 綱吉は雲雀の視線を受けながら、やはり整った呼吸で「それに」と言葉を続けた。雲雀は耳をすませる。ビルの屋上は意外と風が強く、背後の布が翻る音や、遥か眼下の街の騒音なども、高いビルの屋上まで届くのだ。
「俺だって無抵抗の罪のない人を傷つけるのは心が痛いんですよ」
「じゃあ今狙ってるのは罪人なの?」
「というより、敵ですね。罪の有無だったら俺だって罪人になる」
 確かに、と雲雀が頷く。そして同時に感心していた。
 先ほどからほとんど矢継ぎ早に会話のやり取りをしているのに、綱吉の姿勢は揺らがない。おまけに天気は穏やかだが、突風が断続的に吹きつけているにも関わらず。
 布の中に身を潜め、微動だにしない。どれだけの時間を、彼とその銃は過ごしてきたのだろうかと雲雀が考えていると、綱吉はそれを読んだかのように尋ねる。
「銃には詳しいですか?」
「……いや」
「俺の先生がいるんですけどね、その人からお前はボルトアクション以外使うなと言われているんです」
 雲雀が銃身を目でなぞっていると、それに添えるように綱吉は話す。後ろに目でもあるかのように。
「ボルトアクションは初弾を外したら後がない。その緊張感が俺には必要だって。そして一発ごとに魂を込めるつもりで撃てと」
 背後から見つめる綱吉の目の色は恐ろしいほどに何一つ変わらない。
「君の先生は強いわけだ」
「さぁどうでしょう。ただ、白い死神よりは強いと俺は思います」
 その発言に、雲雀は少しばかり首を傾げたが、ああ、と頷いた。
「シモ・ヘイヘ……モシン・ナガンの」
「なんだ、意外と詳しいじゃないですか」
「まぁね」
 雲雀が答えた直後、すっと綱吉の目が細められた。辺りの気配が変わったのが、雲雀にも伝わった。
 そして先ほどの軽い会話の調子とは違う、重い声で、短く指示を出す。
「雲雀さん耳塞いで」
 言われたとおりに両手を耳に持っていく。雲雀は肘と腹筋で体を支えて、綱吉の後方から、その標的であるビルまでを視野に入れる。
 寝そべっている形の雲雀の足元の布がばたばたと暴れだす。一陣の風が吹き、静かに凪いだ。
 その瞬間を待っていたかのように、綱吉は引き金を引いた。
 窓を伝う雨のように滑らかな動きであったのに、それはひどく暴力にまみれていた。耳を塞いでも防ぎきれない音と見えない衝撃が後方の雲雀まで響く。思わず片目を瞑るが、目を開けと叱咤し、両目を見開く。
 しかしながら背後で苦戦しているのは雲雀の事情であり、綱吉には関係ない。彼は一発を打ち終わると素早くハンドルを引き、二発、三発と続けた。
 そして三発目の後、ビル群にこだまする銃声に包まれながらしばしスコープを覗いた後、いそいそと銃やら布やらを片付け始めた。
「さっさとしてください行きますよ。ほら布片付けられないじゃないですか退いてください」
 どこに、とは聞かなかった。
 憮然としながらも言われるまま雲雀は布を引き下げて、屋上へ出たときと同じルートをたどる綱吉の後ろに続いて撤退した。
 見た目とは裏腹に綱吉は素早かった。しかしその動きを観察していると、どうも指示を受けているような仕草も見受けられる。暢気にエレベーターなんぞで降りる綱吉に訝る視線を送ると、「大丈夫ですこれ業務用ですから」と返された。
 そしてエレベーター内で、動きやすいように銃の入ったケースを担ぎなおし、ベルトで体に固定している。
 雲雀からは、綱吉はそこまで上手に事を運べるタイプには見えない。外部から援護を受けているだろうと見当をつけて観察すると、綱吉自信も隠そうとしていないのか、雲雀はその左耳にあるイヤホンを発見し、納得した。
 エレベーターに連動してぐっと気圧が変わり、耳と脳に歪みを感じるが黙ってやり過ごす。
 階層を表すランプは壊れているのか、まちまちにしか表示されない。確かに人目につかないような寂れたビルは、狙撃手にはうってつけだろう。
「どこまで行くの」
「もうあなたが飽きるまで着いて来たら良いじゃないですか」
 綱吉は面倒くさそうに言った。綱吉の算段では、彼はそのうち飽きて居なくなるだろうと思っていたのに、依然として離れようとしない。
「言ったね」
 おまけに楽しそうだ。
 28階建てのビルの1階にあるロータリーまで降りてきた二人は更に進む。重い鉄の扉を開けて路地裏へ。綱吉のブーツが気味の良い音を立てている。そういえば雲雀はまともな装備などしていないのでは、と綱吉は思考の端で考えた。
 だが走りながらでは追及する思考までは至ることができない。目の前の進路に意識を切り替える。