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痛みも、傷も。

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ドス、という鈍い音と地響きとともに、数メートルもの高さから自動販売機が落下する。案外間の抜けた音なんだなぁと、帝人は人だかりのする方へ目を向けた。
その音に続く、みっともない悲鳴と威圧的な低音。見に行かなくてもわかる。また彼が暴れているのだろう。
普通、怒りというものは徐々に沸点が上がっていくと思うのだが、喧嘩人形こと平和島静雄の場合低温からいきなり沸点へと急上昇する。いわゆる『キレる』というやつで、だから端から見ると突然怒り出すように見えるが本当はちゃんと我慢もしてるんだ、というのはセルティの言だ。聞いた時はなるほどと思ったものだが、この光景を目の当たりにするとその弁護にはあまり説得力がない気がする。
…どちらにしろ、自分には関係のないことだ。
携帯を取り出し画面を見るが、彼が待つメールはまだ来ない。やはり自分も行けばよかったとそう思ったが、ストーカー事件以後、正確には顔に怪我を負って以来、青葉は帝人が現場に出ることを極端に嫌がった。足手まといだと言われてしまえば、帝人には反論のしようがない。
その場を離れようと踵を返し、騒ぎを取り巻く輪から抜け出したところで、帝人は突然横から腕を強く引かれた。思わず尻もちをつき―――その頭上を看板が掠めていくのを呆然と視線で追う。
「悪いねー、大丈夫?」
「あ、……はい」
「ん? いや、ここ掠ったみたいだな」
「え…」
まだ状況がよく把握できないまま頬に手を当てると、指先に赤いものが着いていた。恐らく、破片か何かが飛んできたのだろう。
が、状況を考えればむしろこの程度で済んでよかったというべきだ。飛んできたのは帝人もよく知るアルファベットが1文字書かれた赤い置き看板で、当然持ち上げた事など無いが数十キロはあるだろう。彼が引っ張ってくれなければ、もしこれが頭を直撃でもしていたら、帝人は冗談ではなく今頃死んでいたかもしれない。
「あの…、ありがとうございました」
「いやいや、むしろこっちが謝らんとダメなのよ」
そう言って、サラリーマン風の男を軽々と持ち上げている静雄を指差す。
「あれ、俺の後輩なんだわ。ちょっとまあ…見た目通りのやつでね」
特徴のあるドレッドヘアに、茶色の派手なスーツ。ホスト風のいで立ちだが、帝人を見る目は穏やかで優しい。
「あいつが落ち着いたら事務所行って手当て、ってとこで大丈夫かな?」
「え…、あ、いいえ。大したことないんで、絆創膏で大丈夫です」
自分で傷を見ることは出来ないが、少しピリピリする程度で痛いという程でもない。ハンカチを取り出して頬に当てると、赤い染みが滲む。痛みはないが、意外と出血は多いのかもしれない。
「そういう訳にもいかねぇべ。おーい、静雄ー」
止める間もなく男が声をかけて、静雄の動きがぴたりと止まった。サラリーマンを引きずったままこちらへと向かって来るのに、取り巻いていた人垣がさあっと割れる。
「交代すっから、この兄ちゃん事務所に連れてって怪我の手当てして貰ってくれや」
「すんません。…て、お前確か…、竜ヶ、峰、…だったよな?」
「あ、はい。こんにちは」
「ん? なんだ、知り合いか?」
「…知り合いの知り合いです」
だから手当は結構です、とその場を立ち去ろうとして、帝人はそこから動けない状況に気付いた。静雄に掴まれた手首が帝人をその場に縫い付けていて、引っ張ってもびくともしないのだ。
痛くはない。握り潰されたりしないかなと掴む手をよく見ると、握るのではなく親指と中指を軽く合わせて輪を作っている感じだ。その中に帝人の手首がすっぽり収まっている。
まったく力を入れている様子もないのに、渾身の力で後ずさっても腕はそこから全く動かない。手品でも見ているような感覚だが、端から見ればパントマイムのように見えているのかも知れない。
「じゃあ、すんません。あと頼みます」
「後で事務所でなー」
「いえ、あのホントに、」
結構です、と言うより先に腕を掴んだまま静雄が歩きだして、否応もなくそちらへと引っ張られた。静雄と、よろよろと着いていく帝人を避けるように人混みが崩れ、そのままちらほらと散っていく。
「あの、…離してください、腕が痛いです」
「ん? ああ、悪ぃ」
本当は何ともなかったのだが、そんな風に訴えてやっと静雄が足を止めた。自由になった腕を取り戻し、袖を捲ると掴まれていた痕が赤くなっている。
「悪いな。加減が利かなくてよ」
「いえ、大丈夫です。怪我の方も、本当に大したことないですから。それに、僕このあと待ち合わせがあって」
だから事務所にはいかない、と言外に告げると、静雄は数メートル先に見える公園の入り口を差した。
「絆創膏買ってくるから、あそこで待ってろ」
そう言って、返事も待たずに道路を渡り向かいのコンビニへと消えていく。そのくらいならまあいいか、と帝人は言われた通り公園へと足を向けた。入ってすぐのところに石で出来たベンチを見つけ、適当に腰を下ろす。
会うのはゴールデンウィークの一件以来だが、静雄の態度は以前となにも変わらないように見えた。帝人自身に対する嫌悪は感じられなかったが、些細な感情の変化を読み取れるほど親しい付き合いもなかったから、実のところどうなのかは正直わからない。
彼が嫌悪した『ダラーズ』と帝人をわけて考えているのか、それとも『ダラーズ』自体がもはやどうでもいいことなのか―――恐らく後者なのだろう。どうでもいいから、帝人のことも気にならない。或いは、帝人に脱退すると声をかけた、そのことすら忘れているのかもしれない。
戻ってきた静雄が、コンビニのビニール袋の中からペットボトルを2本取り出して帝人へと差し出した。スポーツ飲料と炭酸だ。
礼を言って炭酸の方に手を伸ばすと、静雄は帝人の隣に腰を下ろした。ぎこちない手つきで傷口に消毒液をかけ、丁寧にふき取って絆創膏を貼ってくれる。
2、3分かそこらの時間を、帝人はただじっと黙っていた。以前、セルティの家で鍋を一緒に囲んだ時はそれなりに会話もあったと思うのだが、今はなにを話せばいいのかわからない。静雄だって、自分に話すことなど特にないだろうと思っていたのだが、彼はどうやら帝人に言いたいことがあるらしかった。





作品名:痛みも、傷も。 作家名:坊。