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ファタルの埋葬

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暗い室内に燈台の灯が揺れる。

「貴様の身体が欲しい」
 家康の胸倉を寝床に押し付け、胴を両膝で押さえるようにして上に乗りながら、三成は不意にそんなことを言った。


 夜更けに家康の居室を訪れた三成は、突然の来訪に何事かと問いかけた家康を無視し、床へ押し倒してしまった。
 家康の背は近頃急激に伸び始めていたが、まだ三成との間にそれほどの体格差があるわけではない。一体何のつもりなのかわからないが、抑え込まれてしまっては、下手に動くよりは宥めた方が無難だろう。家康がそう決めて身体の力を抜いた途端に、その台詞が降ってきたのだ。
 家康を見下ろしながら訴えかけるその顔は切なく眉を寄せ、揺れる灯火の柔らかな光を背に受けた細い姿は全身の輪郭が淡くぼかされ、思わず手を伸ばさずにはいられないような儚い風情を醸し出している。
 が、何と言ってもこれは三成なのだ。誘いをかけているわけではあるまい。 
 そうと知っている家康は妙な雰囲気から意識を逸らそうと、ぎこちなく顔を横へ向けようとした。
 途端に両手で頬をぐいと掴んで引き戻され、「聞いているのか」と覗きこまれる。
「三、成、顔が近い―――いや、何でもない」
 それがどうしたという顔をした三成には意味が通じないと察して、家康は黙した。顔が近いことの何が問題なのだ、と改めて訊かれては答えにくい。
 間近に迫った細面の顔は、絶世の造作を持つというわけではなかった。細く、やや吊りあがった眉は苛烈な気性を表すように急な弧を描いていて、すっと通った鼻筋はつんと尖り、切れ長の眦が特徴的な眼は鋭い印象ばかりを与える。少なくとも華やかな顔立ちというには険があり過ぎた。
 だがそれらが合わさると不思議に、どこか危うげで、中性的な美しさを持つ少女の顔が現れる。戦のために髪は短く、動きやすいと好んで袴を穿く姿がまた、少年のような少女のような独特の魅力を引き出していた。
 今もこうして見上げながら、家康は密かに見惚れてもいた。ただし家康が意識しているのは恋情ではなく、鮮やかな羽をした鳥を愛でるようなものではあったが。
 だが暢気に感心している場合でもなかった。三成が冷たい指で家康の首筋やら脇腹やらを撫で始めたのだ。家康が慌ててその細い手首を掴むと、三成は両手を封じられて不満げな顔をした。
「三成、お前な、本当に――この体勢はあらぬ誤解を招くぞ」
「何のことだ?……ああ、本当に、貴様の身体が私のものならよかった」
 何も気に掛けない様子で家康を見つめる三成に、家康は辛抱強く諭すように言った。
「あのな三成、ワシはお前の言葉が言葉通りの意味なのは知っているが、本当にな、時間も悪ければ体勢も悪い、選ぶ台詞も悪い。お前、こんな夜更けにな……もしこんな所を人に見られて――ワシに夜這いしていると思われたらどうするんだ」
 天井を背にした佳人は、ぱちりぱちりと二度大きく瞬きをした後に、この上なく冷たい表情を浮かべた。
「私が?貴様に?冗談にしても酷いものだ。馬鹿も休み休み言えこの愚か者いっそ野垂れ死ね」
「お前、おなごがあまりそういう言葉を……」
「うるさい」
 ぴしゃりと跳ね除けて、三成は煩わしげに掴まれた腕を振る。
「離せ」
「さっきみたいなことはするなよ」
「何がいけない?」
 悪びれなく答える三成に、家康は内心で頭を抱える。
「…………妙な気分になるからだ」
 家康は仕方なく、正直に答えた。三成に対するには、それが一番手っ取り早いのだということは経験で知っていた。それを聞いた三成は軽蔑を表すでもなく、少し納得したような様子で家康を見つめる。
「なるほど、男の身体は不便だな。見境なく盛るのか」
「お前本当にもう少し言葉を選べ三成」
 身も蓋もない言い方に脱力しながら反論する。三成は訂正もしないまま、いちいちうるさい奴だと眉根を寄せた。
 それでも三成はその不便な身体が欲しいのだと言う。
 
 私に貴様のような身体があれば。
 武器を捨てた頃から、見るたびに変わるようになった家康を見上げて――かつては同じほどだった視線の高さを思いながらか、三成は時折そんなことを言うようになった。
 鍛えるほどに増幅していく筋力、逞しく伸びてゆく体躯、地をも破砕する剛力、駆け続けても尽きることのない体力を持ち得る男の身体があれば、
 もっと秀吉様のお役に立つのに。
 三成の言葉も行動も総て最後にはそこへ行き着いた。
 家康はそれに、時々もどかしいような思いもしている。

「……ならばそんな不便なものなど欲しがらずに戻って寝ろ。ワシも眠い」
 実を言えば眠気など醒めてしまっていたが、わざとらしく眼をしばたたいてみせると、三成は頷いた。
「ちょうどいい。寝てしまえ」
「お前一体何をしに来たんだ」
「音を聞きにきた」
 音?首を傾げた家康を上から覗いて、三成はもう一度頷く。
「骨が伸びる音がすると言ったろう」
 確かに言った。唐突に成長を始めた家康を不思議そうに見つめる三成に対して、笑い話のひとつとして言ったのだ。夜のたびにみしみしと軋む音が頭に鳴り響くような感覚はいつも激痛と共にあったが、もちろん痛みのことは言っていない。
「何でそんなものが聞きたいんだ」
 呆れた家康が問うと、三成は黙り込んでしまった。家康はそうと悟って溜息をつく。
 三成は、自分の感情を言い表すのが余り得意ではない。
「頭の中で聞いているようなものだ。気の所為かもしれない、傍から聞こえるかわからないぞ」
「だからこうしているのではないか」
 そう言うと三成は、家康の上に乗ったまま身を伏せた。耳を家康の身体に押し当てるようにして。
 胸に添うてのひらだの、首元をくすぐる柔らかな髪だの、胴を挟みあげている太腿だのを無視できなくなった家康はとうとう実力行使に出た。三成の片腕を掴み、渾身の力で引き剥がすと共に上半身を起こす。転がるように床へ落ちた三成は、綺麗に身を翻すと噛みつくような視線を寄こした。
「何をする!」
「こっちの台詞だ!あのな、まさかあの体勢で寝ろとでも」
「安心しろ、盛ったらなますにしてやる」
「どこが安心できるんだ」
 微妙にずれた会話を続けながら、家康は一方でそれを楽しんでもいた。
 三成は、人に慣れない。
 外見だけをとれば愛でられることもありそうなものだが、苛烈すぎる気性とその激しさに見合った実力に恐れをなして、近づかない者のほうが多い。
 その三成が気安く接する相手に自分を入れていることは、時々家康を妙な気分にさせた。そして自分が、身体が触れれば動揺する程度にはこの相手を好ましいと思っていることも。
 三成は三河の将・徳川家康に終止符を突きつけた死神だった。





 石田三成という将の経歴は曖昧だ。家康が調べた限りでも、何処から現れたものか杳として知れなかった。或る日忽然として姿を見せたという少女は、初めから豊臣秀吉と竹中半兵衛に眼をかけられていたらしく、この二人が見出したのだろうというのが豊臣軍での了解となっている。
 どちらかの愛妾なのだろうという噂が広まった、らしい。
作品名:ファタルの埋葬 作家名:karo