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ファタルの埋葬

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 そして初めての戦場で見せた姿が一挙にその噂を取り払った。これは愛でるための人形ではなく凄まじい力を持つ新たな将なのだと、だからこそ覇王と軍師の寵愛を受けたのだと、その戦場で三成を見た誰もが認めた。
 石田三成の初陣とは、すなわち徳川家康が豊臣に敗北した戦であった。
 自分と同じ程の、まだ成長しきっていない幼い姿をした影が走るたび、その後ろには噴き出す鮮血が宙を舞っていた。
「あいつは、何だ」
 それを戦場で見た家康は思わず戦慄を漏らしたが、誰も答えを持ってはいなかった。三成の参戦だけが敗戦の原因のはずはないが、想定していなかった相手方の戦力に後手に回らざるを得なかったことは確かだ。
 戦は終わり、徳川は豊臣へと降った。
 慣れた土地からは引き剥がされながらも、家康を待ち受けていたのはそれほど手荒い歓迎ではなかった。少なくとも軍師は丁重に徳川を迎え入れた。おそらくは、彼が長年欲していた本多忠勝が手中に入ったという喜びも大きかったのだろう。
 改めて用意された謁見の場で、秀吉は重い視線を家康に投げかけたまま悠然と玉座に座している。その傍らに立つ半兵衛が、代わりに微笑んで口火を切った。
「ようこそ、家康君」
 望んで来たわけではないが、今更無駄に我を張るつもりもない。家康は弁え方を熟知している。深く頭を下げた家康の耳に、密やかな足音が滑り込んだ。誰かがこの場へやって来たらしく、それを咎めない半兵衛の声が続く。
「ああ、三成君。そこにお座り。ほら、こちらが徳川家康君だ――君の初めての、獲物だね」
 悪戯めいた響きではあったが、その戯れが過ぎる言葉の使いように、家康は頭を下げたまま堪えた。伏せた後頭部に視線が突き刺さるのがわかる。三成、という将の名は聞いたことがなかったが、家康は察した。今そこにいるのが、おそらくは家康の誤算だったあの幼い影に違いない。
「顔をあげてくれたまえ、家康君」
 許しを得て、家康はわずかに緊張しながら視線をあげた。
 半兵衛の斜め後ろに座しながらこちらを見据える少年は、確かに自分と同い年ほどに見えた。短く切りそろえられた髪は淡い色を放ち、その下の顔立ちもやはりまだ幼さを残している。それでいてあの怖気をふるうような戦場の姿を見せつけたのだ。
「……おめえには、散々やられたな」
 家康が思わず言うと、その眼が不快げに細められた。
「秀吉様に刃向かうなど万死に値する。本来なら頭と胴が離れて然るべきところ、こうして貴様如きを迎え入れた秀吉様の御慈悲に地に額を擦りつけて深謝しろ」
 家康は怒るよりも先にあっけにとられて思わず半兵衛を見てしまった。その視線を受けた半兵衛は苦笑を浮かべ、
「三成君。彼ももう豊臣の一員だよ」
 そう促されると、途端に険をかき消してみせた少年に、何と言うかわかりやすい奴だなと内心で思う。

「……その恭順と服従を我は受け入れよう、徳川家康」

 天の果てから重圧と共に降り注ぐ声に、家康は思わず顔を強張らせる。対して半兵衛はその声を噛みしめるように眼を細め、三成はわずかに震えながら心を奪われたように奥の玉座を見つめた。堂々たる覇王は威圧を込めた視線で家康を貫きながら宣告する。
「我が元で働け、我が国のために」
 家康はもう一度深く頭を垂れた。そして、頭の隅で少しだけ驚いていた。
 頬をわずかに紅潮させ、生気に溢れた瞳で奥を見つめるその顔を見て、家康は初めて気付いた。
 あいつ、女だったのか。



 三成が家康に対して遠慮なく、その分ある意味気安く接するのには、やはり軍師の言葉が強く影響しているのではないかと思う。
 君の初めての獲物だね。
 あの日にかけられた言葉を、三成は疑わずに、何となく家康を自分が仕留めた獲物であると認識しているような含みが見られた。家康は当初そんな態度に反撥もしたのだが、三成にはさっぱり堪えないと知って徐々に放置するようになった。何より三成は、家康を軽視しているわけでも軽蔑しているわけでもなかった。
 子供が、与えられたのではなく自分の力で初めて手に入れた何かを構い倒すような。
 三成の態度にはそんな幼さが透けていたから、家康も段々とそれを許すような気持ちになってしまったのだ。そうして同じ年頃の、同じような体格をした豊臣の将二人は、まるで昔からそうであったように時に反撥し合い、時に背を預け合うような対等の関係を紡いでいった。
 

 だがその気安さが時々困った方向へ発揮されるのは頂けない。
「骨の鳴る音など面白みも何もないぞ。ほら、もう行け」
 家康が何度目かに促すと、さすがに埒があかないと悟ったか、ようやく三成は不満げな顔を晒しながらも立ち上がった。そのまま挨拶も何もなく無言で去って行ってしまう。
 家康はその後ろ姿を見送り、安心して息をついた。聞きたいというなら聞かせてやっても良かったが、あの体勢は非常にまずく、何より自分が時に痛みを堪えかねて呻いていることを家康は自覚していた。そんな無様な姿を見せるわけにはいかないのだ。
 醒めていたはずの眠気が舞い戻り、何とか帰せてよかったと独りごちながら寝床へ入る。

 そして家康が眠りにつき数刻経った頃に、細い影が再び回廊を歩いていた。殊更に足音を消し、這うようにして進んだ三成は、今度は戸を開けずに家康の居室の前で座り込む。
 すると小さな苦悶の声が、三成の耳に届く。急激に骨格が変わることは痛みを伴うのだと、半兵衛に聞いていた。寝言なのか、意識があるのかわからないが張り詰めた呻きは細々と続いた。三成はじっと座ったまま、それを聞いている。
 聞きながら、ふと自らの掌を見る。鍛練と戦で荒れた指は、先刻見た家康のものより随分細く見えた。
 骨が軋みながら伸びるというその音を想像すると、三成は羨ましかった。祝福の音を聞いてみたかった。痛みも何もかも、それは総てさらなる恵まれた体躯を得るため、――秀吉様の力となる新たな姿をあの男は手に入れようとしている!
 痛みを堪える家康を哀れだとも思ったが、それよりもずっと強い憧憬が、三成を支配している。
 半月ほど前、三成は家康との立ち合いで負けた。
 そしてその際に三成が受けた衝撃を、家康は理解してはいまい。これまでも勝った負けたを繰り返してきていたから、初めての敗北というわけではなかった。
 だが、以前には確かに受け流せた拳が三成の刀を弾き飛ばした瞬間に、三成は途方もない恐れを抱いたのだ。その恐怖に怯え、自らの膝を抱えるようにして耳を澄ます三成は、不意に違う音を捉えた。密やかな、目的を持って自分に近づく誰かの足音。こんな時間に、と怪訝に思った三成は顔をあげて音の方向を見た途端、眼を瞠った。
 見遣った先に佇む軍師が、わずかに微笑んだまま人差し指をそっと唇の前に立てる。静かに。こちらへおいで。誘われるがままに三成は立ち上がり、家康の居室をあとにした。
 その夜がおそらく、無邪気に過ごした日々の最後だった。


作品名:ファタルの埋葬 作家名:karo