好奇心は魂を残した
遠い、遠い昔の話をしよう。
昔々、ある街に一人の少年がいた。その少年は不思議なことに対しての好奇心がとても強い子だった。
ある時、幼馴染の少年にあることを教えてもらう。この街のはずれにある一本の木。そこに、ある特定の日だけ現れる男がいるんだと。決して他の日では見かけないと。
妖精、天使、悪魔と人ならざるものだと噂されるその青年、逢ってみたいと少年は思った。教えてやるけど行くなよと忠告してくれた幼馴染の少年の制止を振り切って、彼は男の元へと出向いた。
小雨が今にも降り出しそうな曇天、町はずれの木の下に彼はいた。黒いフードを被った背の高い男。
こんにちは、と少年が震える声で挨拶する。
こんにちは、と男が楽しげに応えた。
あなたはここで何をしてるんですか。少年は問いかけた。
人間を見ているんだよ。彼らほど愉快で面白く愚かしくて愛しい生き物はいないねと男は答えた。
あなたは人間じゃないんですか。少年は問いかけた。
そうだねぇ。俺は人ではないね。にたり、と男が笑う。
――悪魔だよ。
応えた言葉に。それは、それは。とてもうれしそうに少年は笑った。
忌み嫌われる存在を前にして、子どもは笑う。嬉しいと。笑う子どもを見て悪魔もまた笑った。面白いと。
ねぇ、ゲームをしようか。俺が勝ったら君にいいものをあげよう。そのかわり、君が負けた時には。
とん、と男は少年の胸をつく。女のように豊かなわけでも柔らかくもない薄い胸は、それでもとくんとくんと鼓動を刻んでいる。心臓の真上に指を置き、悪魔はそれはそれは美しく微笑んだ。
君の、魂を貰おう。
命全てを貰うと言いきった悪魔に、少年はこくりと首を振る。即決した彼に悪魔は狂喜した。これだから人間は面白いよねぇ!
爛々と輝く赤い瞳は愉悦に染まり、期待の視線を子どもに投げる。怯えるでもなく、淡々と事実を受け止める少年もまた、困惑とそれを上回る期待、僅かの恐怖と好奇心が見て取れる。
さあ、始めようか。
唄うように囁かれた言葉が。青空のような声が、囚われの始まり。
悪魔と賭けをし、勝った少年は悪魔から魂を取られないという誓約を貰った。少年は首を傾げるが、悪魔の誓約の威力を彼は死後に思い知ることとなる。
いつしか少年が亡くなり、導かれるときに彼の言葉をもう一度思い出す。
少年は天へと導かれないことは分かっていた。だが、地にも導かれなかった。悪魔との誓約がそれを許さなかった。
天へも地へも行き場がない少年は、暗く、冷たい場所をひとり彷徨うことになる。目的もなく彷徨い歩く姿を憐れんだのか、一人の死の使いが一つの灯りを彼に恵んだ。
それを持ち、少年は挟間とも、冥界とも呼ばれる場所を彷徨う。ただ一日、一年に一度だけ訪れるハロウィンと呼ばれる日を除いて。
少年が捧げ持つ灯火の名は今も昔もジャック・オ・ランタンと呼ばれている。
これは、ほんの少し好奇心が強かった少年と悪魔の話である。