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コタツとみかん

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 絶対的な力を手にして、神になろうとした遠い昔。だが、そのやり方では何も変わらないことに気がついた。過ちを認め、自らが変わろうとすることで、刹那は新しいやり方を手に入れた。犠牲は大きかったけれど、世界は少しずつ変化を遂げていっている。
 それが望む姿であるにもかかわらず、ソレスタルビーイングの役割自体に変化がなかったことが引っかかり、刹那はずっと素直に喜べなかった。
 だから、グラハムには否定をしてほしかったのかもしれない。戦い続ける日々は、戦争根絶を掲げる身には矛盾でしかないと。刹那は未だに神であることから脱却できていないのだと。本当に望むものはそれではないのだと、誰かに指摘されたかったのだ。
 でも、こうしてグラスを合わせて、新年を迎えることを共に喜び合う、そんな日常と平穏を味わってみたことで大切なことを思い出せた。
 幸福と呼ばれるものを、当たり前に手にする日々が何より尊い記憶となることを。
「ありがとう、グラハム」
「なんだ? 急に」
 グラハムはとても可笑しそうに笑っている。
「そう、言いたい気分なんだ」
 どれだけ刹那が願っても、グラハムがその願いに応えてくれなければ叶わないものだった。だから、神様にもありがとうと、素直な気持ちで感謝をしておいた。


「すごい人だな」
「あっという間にはぐれてしまいそうだぞ」
 神社の境内に続く参道は、初詣に赴く人の群れでごった返している。行ってみようと軽くOKしたはいいが、この人ごみまでは想像していなかった。刹那は「はぐれそう」と言ったグラハムの手をギュッとつかんだ。オリーブグリーンの瞳がやや下を見て、それから刹那の顔を見て言ってくる。
「人ごみも悪くないと思えるから不思議だな」
「まぁな」
 ゆっくりと流れていく人の群れに合わせて、足取りもゆっくりとしたものになる。いつかは目的地へたどりつけるだろうと、刹那は気長に構えていた。周りにいる綺麗な晴れ着をまとった女性たちや男性たちも、お喋りをしながらこの行列を楽しんでいる感じだった。
「あそこに着いたら何をするんだ?」
「賽銭を投げて、まぁ、寄付だな。そのあとで神に話したいことを話すんだとか」
「話したいこと?」
「願い事が主らしいぞ。聞いた話なので私も詳しくは分からないんだが……」
「願い事か……」
 刹那は空いている手を顎にやって考えた。
 戦争根絶や世界の平和などは、ソレスタルビーイングとしての使命であるから、代わりに願うことではない。刹那が自身の手で成し遂げなければならないことなのだ。
 難しい顔で考え込んでいたからか、グラハムが若干呆れ気味に声をかけてきた。
「そんなに真剣な願い事は、たぶん叶わないぞ?」
 グラハムは公人としての刹那の願い事を知っている。恐らくソレスタルビーイングの行動理念のことを言っているのだろう。
「分かっている。そうじゃない」
「なら、いいが……」
 まだいささか不安そうな様子を、グラハムは見せていた。そんな夢見がちな心のままでは何もできないし、何も変わらないことを知っている。わずか十歳で絶望を見たときから、刹那はずっと神を頼らないできたのだ。
 でも今は、幸福をもたらすものが、繋いだ指の先にあるから。
 刹那は一つだけ願ってみた。

 また来年も、グラハムとここへ来ることができますように。

 そして、同じ願いをこれから先もずっと言い続けることができるようにと。青い空の下、境内の前に立って、刹那はひっそりと神に願った。

     ***

 ふわり、と夜風が舞って室内の空気を揺らした。
 風は彼女の髪も揺らし、流れる黒髪からさらさらと音が聞こえてきそうだった。
「……そう」
 彼女は微笑んだ。とても柔らかく、慈愛に満ちた眼差しで、刹那を見つめてくる。
「よかった。私、それだけが心配だったの」
 ホッとしたように瞳を伏せ、また見上げてきた表情は、長いこと彼女と交友を持ってきた刹那でも初めて目にしたものだった。
 マリナ・イスマイールの聖母のような微笑みは、彼女が心の底からそれを願っていたことに繋がる。

『あなたはあなたの幸せを見つけることができた?』
『……ああ』

 刹那の答えは、柔らかく吹いた風とともに宙を舞った。
作品名:コタツとみかん 作家名:ハルコ