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インターフォンを押すと、ぱたぱたと駆け寄ってくる気配がした。音が漏れるほど安いマンションではないから気のせいである。
 がちゃりという音で半分開いた扉の向こうに、一人の男が立っている。
「やぁ臨也。君は本当に僕とセルティの邪魔ばかりするね。迷惑至極、この意趣遺恨をどう晴らそうか、途方に暮れているところだよ」
 彼は、そういう割には扉を更に開けて、来訪者を招きいれた。
 客人は悪びれもせず、どーもと口だけで礼をして敷居を跨ぐ。
 折原臨也は玄関先で少々時間を使う。脱いだ靴を自主的にきちんとそろえる辺り、教育はされているはずなのになぁと新羅は思った。どうしてこの男、こんな人間に仕上がったのだろう。
「突然来た理由はなんだい。どこも怪我をしているようには見えないけど」
「まるで怪我以外では来ないような言い分だね」
「来て欲しくないんだよ!君が来るとセルティと一緒にいられる時間は減るし、そもそもいい知らせを持ってきた事がないじゃないか。いつも災難ばかりをもたらす」
「ひどいな。いつでもたくらみのために動いてるわけじゃない」
「たくらんでるのは否定しないんだ……」
 今更である。この男にとって、何かをたくらみ、誰かをはめる事は存在意義の証明に近い。計画的に、耐えられない状況に人間を追い込む男。それをたやすく、悪びれもせず、無邪気に、しかし悪意を持って行うというのだから、被害者はたまったものではない。平和島静雄はともかく、普通の人間にとって彼は害悪でしかないだろう。だというのに、信者までいるというのが新羅には理解不能だった。
「運び屋は?」
「出かけてるよ。もう少しで帰って来るところだったのに。コーヒーでいい?」
「紅茶ないの?まぁ仕事の話は後でいいか」
「ヘンな依頼じゃないだろうね」
「ごく普通の、ちょっとした荷物を運んで欲しいだけだって。ちょっと緊急の依頼が入ってね、早く、確実に届けられる運び屋に依頼に来たのさ。腕を買ってるって事だよ?」
「セルティだからね。当然だよ」
 新羅は至極当然だという表情でかわし、危ない仕事はやめて欲しいなとひとりごちる。それに、折原はなるべくねと返した。本気で考えている口ぶりではもちろんなかった。
「ところで何を持って来たんだい」
 持っている紙袋に視線を向けながら聞く。縦に長いが、それ以上に底が広いのが特徴的だ。書類などを入れるには向いていないように見える。そう、例えば、お菓子屋で貰う箱に似ていた。
「ああ、新羅と運び屋にプレゼント」
 そう言って、折原は持っていた紙袋を掲げた。
「……中身は何、毒?爆弾?それ以前に驚天動地過ぎて……明日は槍か血の雨か」
「予報では晴天だったけど」
「素で答えないで!何の風の吹き回しだい。とうとう脳が溶けてしまったのかい」
「単なるプレゼントだよ。信じて欲しいな」
「君、今までの自分の行動を思い出しながら同じ事言える?」
「ん、そりゃあ信用されるとまでは思っていないけど、そこまで新羅を追い込んだ経験はないよ?利用した事はあるけど」
「友人を利用する人間が信用されるなんてありえない!全く、気まますぎる」
「自由奔放だろう」
「得手勝手というんだ!君みたいなやつはさっさと拓落失路すればいい!」
「その予定はないね、今のところ」
 勝手に部屋の奥まで上がりこみ、折原はソファに腰掛けた。二人掛け用のシートの中央を占領して、目の前のテーブルに袋を置く。ごとんと音がした。新羅としては、斜め前にある一人掛け用に座って欲しいのだが、それを理解していての行動なのは間違いない。そういう男だ。
 紅茶をいれる間、折原臨也は大人しく付けっ放しにしているテレビを見ていた。内容はよくわからないが、夜にやっているバラエティ番組の再放送のようである。それ見ている彼を目の端に止めて、新羅は渋面を作った。どうせ、あの反吐の出るような笑みで楽しんでいるのだ。やはり、さっさと追い出すに限る。
 熱い紅茶を二つトレイに載せて運ぶと、折原は案の定、どかした石の下のわらわらとした虫の群れを想像させるような、気味の悪い笑顔を浮かべていた。普通に見れば、たぶん、さわやかな好青年に見える、のかもしれないが、内面を知っている人間は、新羅が持ったこの嫌悪感を理解するだろう。
「袋の中身は?」
「だから、プレゼントだって」
 ガサガサと袋を開けて中身を取り出す。
 箱だ。手に収まるほどの箱。袋のサイズにしては小さい。
「前に手に入れたい薬品について言っていただろ、あれを入手できたんだけど、俺は使うアテないし、新羅にでもあげようと」
「見返りはなんだい」
「やだなぁ。プレゼント、無償だよ」
 訝しげな顔で見つめる。折原は見つめ返し、小首を傾げた。なんら後ろ暗い事はありませんという様子である。
 確かに、手に入れたいものについて聞かれ、そんなような話はした。あんな酒の席での話し、おぼえてないと思ったが、この男、無駄に記憶力があった事を思い出す。無駄に能力があるのだ。無駄だが。
「一応貰っておくけど……」
「だから、別に他意はないよ。俺が持ってても仕方ないしね。それから」
 言いかけた言葉と玄関の扉が開く音とが重なった。この家のもう一人の住人が帰ってきたのだ。