かぐたんのゲテモノ日記
花の下にて
~しょーよー先生ラヴ★アゲン。裸の枝振りの下に天を見上げてそいつは立っていた。垂れ込める冷たい鉛雲以外、目ぼしいものは何も無い。
「――誰だオマエ、」
相手が華奢で今にも折れそうなガキだったから、横柄な態度に出たわけじゃない。あの頃、そうして虚勢を張ることだけが生きる術だと思っていた。ぬくぬくと巣の中で口を開けている雛鳥のように、与えられるものなど何一つない、奪うことが全てだった。
「……」
そいつがゆっくり振り向いた。色の薄い、長い髪が桜の下に揺れた。無言で威嚇する俺を見て、そいつは静かに笑ったようだった。
――何だこいつ、バカにしてやがると憤ってもおかしくないのに、なぜかそういう気分にはならなかった。ただ、時間が止まってしまったようにそいつから目を離せなくなった。
「……花を、待っているんです」
細い、けれどよく響く声でそいつが言った。俺はぐらりと、足下に意識が引っ張られるのを感じた。――ここにいちゃいけない、すぐにでも離れなきゃならない、獣に近い暮らしをしていたとき、知らず身につけた嗅覚みたいなものだ。だが、竦んだまま俺の足は動かなかった。動けなかった。
「……花?」
せせら笑うように俺は言った。心は波を立ててざわついているのに、声が震えやしないかと気が気じゃなかった。そいつはまた、俺を見て薄く笑った。
「桜が咲いたら、叔父上が私を迎えに来てくれるんだ」
桜の幹にうっとりと頬を寄せる仕草にそいつが言った。俺の脳裏に、ざあっと音を立てて見えないはずの桜が舞った。美しくて、残酷な光景だった。人の心が、魂が、引き摺られたがってしまうのも道理だと思えた。
「……行くなよ、」
締め付けられる喉に息苦しさを感じながら、俺はどうにか言葉を発した。
「そっちに行っちゃ、ダメだ」
地面に張り付いた足を無理矢理引き剥がすようにして、俺はヤツが立つ桜の元に歩を進めようとした。自分の身体のはずなのに、自由が利かない、鉛の海で櫓を漕ぐようにひどく緩慢にしか動かせない。懸命に手を差し伸ばす俺を見て、そいつが柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「ちょっ……、」
目の前に舞った桜がそいつの姿を覆い隠した。空間を縛っていた重石が解けて、時間が一気に回り出す。俺は冷たく硬い地面に放り出された。盛り上がった桜の根元に、ぼんやり光る薄紅の花弁が一枚落ちていた。
何気なく拾い上げようとして、俺はふとためらった。触れてはいけないもののような気がした。
「――どうしたのですか、」
後ろからあの人の声がした。いつからそこにいたのか、まるで気配を感じなかった。
「ひなたぼっこにしては、ずいぶんおかしな格好ですね」
薄い着物に、陽に透ける長髪を揺らしてあの人が笑った。転がっていた地面から起き上がると、俺は手のひらの土を叩いた。
「……そっちこそ、そんなカッコでうろうろしてちゃまた風邪引くぜ、」
憎まれ口を返しながら、拾い損ねて見失ったあの花びらにこの人が気付かなければいいと思った。願いは虚しく、俺の足元に視線を落としたあの人が目を細めて呟いた。
「また、咲いていましたか」
「えっ?」
俺はあの人を見上げた。長髪に隠されて表情の見えないあの人の手が、俺の撥ねた頭を優しく撫ぜた。
「何でもありません」
――さ、中で善哉が炊けているそうですよ、促すようにあの人が言った。
「マジで!?」
見栄も反抗期特有の過剰な自意識による恥じらいも一切かなぐり捨てて、俺はその場に躍り上がった。胸にざらついたはずの違和感は、抗えぬ胃袋の収縮に紛れてしまった。哀しい哉。嗚呼。
……この時期、熱々の善哉を食すと俺はいつも思い出す。あのとき、あの人は何を言おうとしていたのだろう、俺が見た一片の桜は季節外れの狂咲きだったのか、それとも人が、人ならざるものの思念が見せた束の間の幻だったのか、――とにもかくにも善哉万歳! 甘党サイコー!!
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……見てはいけない禁断の日記ではアルが、怖いもの見たさでついついページをめくってしまうアル。んもーっ、私ってばこあくまちゃんっ★
それにしても銀ちゃんは昔才グリッシュ(←水山鳥某の間違い)でもめざしてたんだろーか。ちょっぱやにあきらめて正解アル。
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作品名:かぐたんのゲテモノ日記 作家名:みっふー♪