荒ぶる鷲をその手に
港町アッカ、貧困地区にあるとある家にて世紀の一大決戦が終わりを告げた。
「何故だ・・・師よ、俺はもう駄目です・・・」
いささか大袈裟な台詞を吐いて、卓上に俯せで倒れているのはアルタイル。
「これも私の献身が起こす、神の奇跡だ」
やはり大袈裟な勝ちどきを上げる、ロベール・ド・サブレ。
敵同士でありながらも、奇縁の果てに戦うことになった二人の勝負は、
アルタイルの負けという形で幕を閉じた。
昼下がりから夜の帳も訪れるまで数時間にわたる、名勝負であった。
「さて、褒美を頂こうかな」
意気消沈して俯せているアルタイルの上に、ロベールの声が降りかかる。
騎士のそれはとても弾んでいて、楽しそうでもある。
なんと忌々しいことか。アルタイルは沈む心のまま、ゆらりと立ち上がり
ロベールに顔を向けた。
知らず意識しているのか、顔に熱が集まるような気がするが、気にしない。
するとロベールは、
「そのような目で見つめないでくれたまえ。堪らぬものがある。君は
少し己の魅力というものを知るべきだとおもうが、どうかね」
なんだそれは。意味のわからぬ事を言い出すロベールに苛立ちを覚え、
アルタイルの眉間の皺が険しくなっていく。
態度の硬化するアサシンを窘めるかのように騎士は幼子に言い聞かせる
かのように、手招いた。
「さあ、来たまえ」
逆らうことは許さない、そんな強い声にアルタイルは渋々と従った。
あれから一時間が経過して。
アルタイルは進退窮まった状況にいた。
簡潔に言えば、‘膝の上にいる!’のようなものだ。
経過を述べるなら、騎士を前にして固まること十分、椅子に座る騎士に
顔を近づけたまではいいが、そこで逡巡すること三十分。
進まぬ事態に業を煮やしたロベールに引き込まれ、膝の上にまたがった形
で落ち着いてしまい、そこで思考停止に陥ること二十分。
不測の事態に備え、しっかりと抱き込まれているのはお約束というべきか。
その間、ロベールは余裕を感じる静かな微笑みをうかべたままだ。
だが、さすがに焦れたようだ。
「帰ってきたまえ。約束を忘れて貰っては困るのだよ、ディア」
右手をアルタイルの頬に伸ばし、愛撫するかのようにするりと触れる。
「・・・っ!」
その感触にアルタイルの背を得体の知れぬ甘いしびれが走り抜けた。
蜜を含んだかのような囁きに、親密さを感じさせる呼びかけ。
ロベールの手と声のもたらす接触の魔力に、アルタイルは捕らえられている。
戻ってきたアサシンを見て、ロベールは笑んだ。
「私に勝利の喜びを、アサシン」
声に促されるまま、アルタイルの口づけがロベールにもたらされた。
ちゅ、と音を立て離れようとするアルタイルの顎を騎士に掴まれる。
「それだけでは充分とは言えない」
「・・・!・・・っ」
抗議しようと開かれた唇を割るように、ロベールのぬるりとした舌が
アルタイルの咥内を侵し、強く吸った。
「んっ・・・、んんっ!」
押し返して逃げようとするが、強い力で抑えられて叶わず、舌同士を
絡められ、徐々に身体から抵抗する意志を奪っていく。
暫く水音を聞かせ、恥辱を加えてから唇を離した。
ぼう、としているアルタイルを抱きしめてフードを外し、素顔を
検める。ほう、とロベールの口から感嘆の吐息が漏れた。
「思いの外良い顔つきをしている」
顔を見られたことで、翳みの掛かった意識を振り切ったアルタイルは
無理矢理拘束を解き、猫のような素早い動きで外界に通じる扉のまえに
立った。射殺さんばかりの強い視線でロベールを睨む。
騎士は悠然とその視線を受け止めた。
「どこに行くのかね」
「・・・帰る」
一言だけ告げ、アルタイルは外へと出でて、激しく扉を閉めて出て行った。
アサシンの本分を忘れたか、気の乱れを隠すことなく遠ざかっていく。
「・・・ふ、からかい過ぎたかな」
そう漏らすロベールの口元からは、暫く笑みが取れることは無かった。