荒ぶる鷲をその手に
『荒ぶる鷲よ、山間の止まり木より潮の風を切り、荒れた大地の元へ舞い降りよ』
マシャフ近郊キングダムにある、とある小高い建物の下に巧妙に隠された
紙の端をアルタイルは見つけ、そのしたたまれた内容に思わず眉を顰めた。
‘荒れた大地’とはかの騎士の頭、あの剃り上げた禿頭の事を指しているのだろう。
自虐を込めたかのようなロベールの表現に、アルタイルは知らず息を漏らす。
やはり読めない男だ、そう思いつつもアルタイルは馬に乗り、アッカに向けて
馬の足を速めた。
件のロベールの言う‘ちょっとした遊戯’に付き合うのも、これで四度目
になろうとしていた。
港町アッカ。
昼下がりのぎらりとした陽の差す貧困地区の奥まった家に、かたり、と
来訪者を告げる音が響く。
「来たかね、アサシン」
来訪者ーアルタイルの姿を見て、家の主ロベールは表情を緩めた。
この家はロベールの言う‘遊戯’の為に代理人を通じて借りられたもので、
家主の努力で質素ながらも快適に過ごせるよう、細かく気が配られている。
アルタイルの視線がロベールの居る辺りにのびる
ロベールの近くにある卓の上に、お茶とエルサレム産の焼き菓子が揃え
られ、隅の方にチャトランガまである。
準備万端な歓迎ムードのロベールの微笑みを見て、アルタイルはふるふる
首を振った。この会合の時は何時もこうである。
「どうしたのだね、アサシン?」
「いや・・・・・・」
一度目の時に名を聞かれはした。が、頑なに未だ教えてはいない。
その件をまだ不満を思っているのだろう、ロベールの通称を呼ぶ声に
潜む小さな棘にアルタイルはふ、と笑みを漏らす。
「なんだね?」
「・・・逢う度にお前という男が解らなくなってな」
場を誤魔化すように、視線を焼き菓子へとむけた。
「それかね?従士に聞いて作ってみたのだ。味は保証するぞ」
何とも誇らしげな輝く笑顔で告げられた事実に、
「・・・・・・・・・」
不意に脳裏を巡る、寝覚めの悪くなりそうな想像を無理に抑え、
アルタイルの頭がくらりと目眩が襲った。
「そ、そうか・・・」
どうにか平静を装い、無難な返答に止める。
下手に刺激して、苦労話を語られるのも厄介だしな、とアルタイルは
今までの会合での苦い経験を思い出し、心の中で舌を出した。
「アサシン、何時までそこで立っているんだ。早くここに来て、座り
たまえ」
アルタイルの指定席、ロベールの相対する場所にある椅子を指して、ロベール
は手招きをする。
アルタイルも促されるままに、腰掛ける。
四度目ともなると、開き直りとも言うか慣れとも言えそうなものを、
アルタイルの動作からも感じ取れた。
やけくそ気味な仕草で肘をついて、己を見つめるアサシンにロベールも
ややぞんざいに腰をかける。
真似をするな。漏らしかけた本音を抑えて、アルタイルは会話の切っ掛けを
チャトランガに向けた。
「今回もやるのか・・・・・・いつものように引き分けに終わるのだろう?
・・・・・・退屈ではないのか?」
アルタイルの話に騎士は片眉をぴんとはねさせて、
「実力が拮抗した者同士の戦いこそ、白熱するものではないか。卑屈に
なることもない。私は大いに楽しませて貰っているさ」
心配無用とばかりに微笑みかけた。
ロベールの返答にアルタイルもそうか、とかえす。
軽く茶で喉を湿らした後、いたずらっぽく笑むロベールを見て、
嫌な予感がする。とアルタイルは思った。
あれは何かの企みを思いついた笑みだ、と。
特殊な状況とはいえ、短い付き合い(アルタイルには不本意だが)の中
見えてきた、ロベールの人となりの一部である。
「では、提案といこう。勝負にちょっとしたスパイスとして、
勝った者に褒美を取らす、ではどうだろう?私が勝ったら・・・・・・
そうだな」
にやり、とロベールはアルタイルを見た。
「君からの口づけでも頂こうかな」
「な」
何故、そうなる。抗議の声すらも口ごもってしまうアルタイル。
目元が僅かに色づいているのを見て取り、騎士の瞳はさらに輝く。
「君が勝った場合は、私の甘酸っぱい思春期の思い出でも語って見せよう。
聞き応えはある上に、このロベールの情報も知れる。良いことづくめだ」
知りたくもないわ、この阿呆が。
必死に本音を抑えるアルタイルをよそに、
「では、始めようか」
無情なロベールの声に、アルタイルの耳に罠に嵌められた時特有の音が
聞こえた気がした。