Freeze Frame
学校帰りに本屋に立ち寄るのは、ほぼ習慣になっている。
店に入ってスガタが一番に足を運ぶのは、旅行雑誌のコーナーだ。外の世界を知り得る、数少ない情報のひとつ。
スガタは一冊の雑誌を手に取った。
雑誌のタイトルは、「インド洋の島々」。
表紙に目をやれば飛び込んでくるのは、鮮やかなブルー。海と空の青い色だ。青い色は表紙だけじゃない、ページをめくればどこも一面、海と空の鮮明な青で埋め尽くされている。ブルーに彩りを添えているのは白い雲と木々のグリーン。マゼンダのブーゲンビリア。『ヴァカンスにもってこいの島々』という謳い文句が付いたその島は、世界でも有数の観光地だという。スガタが驚いたのは、異国の島の景色が南十字島のそれとそっくりだったからだ。
――天国に一番近い島。
いつかどこかで耳にした、そんな言葉が思い出される。
写真で見る限り、インド洋の青い空は、スガタがいつも見上げる空と同じ色をしているようだ。エメラルドグリーンの海も、真っ白な砂浜も。
だけどここ、南十字島は、天国に一番近い島なんかじゃない。それどころか、この島は邪悪の島だ。島の奥深い場所に、有り得ない狂気を孕んでいるのだから。ここ南十字島は、呪われた島なのだ。
鮮烈なブルーの写真から目を逸らし、スガタは雑誌をぱたんと閉じた。置いてあった場所に本を戻すと、彼は店の外に出て行った。
島から外には出てはいけない、それをスガタが知ったのは、まだ物心がつかない頃だった。しかし正確には、その言葉の意味はちょっとばかり違っている。島から出てはいけない、のではなく、島から出ていくのは不可能だ、ということだから。その事実を、彼は経験から学んで知っていた。幼いながらも島の外に出ていこうと彼はチャレンジしていた。そのたびに、行動は不可解な力で常に阻まれてしまう。スガタは如才ない子供だったから、すぐにその事実を受け止めた。それが当たり前だと思うようになっていた。とはいえ納得していたわけじゃない。ただ、自分の身の上を嘆いてみても恨んでみても、どうにもならない、ということを理解した、というだけだ。これは、シルシを持ってシンドウ家に生まれた者の宿命なのだ、と。
緩い勾配を下っていくと、海が見えてくる。県道から階段を下りて、スガタはいつもの浜に足を進めた。
浜を歩くと靴の中に砂が入る。それが嫌でスガタは、わざと波打ち際の湿った砂を歩いた。
彼が皆水神社に近寄ろうとしなかったのは、ワコに会いたくなかったからだ。
ワコは彼に何も言わない。けれど、彼女も自分と同じだ。なかば諦めながらも自分の運命に逆らいたいと願っている。おまけに彼女はスガタなんかよりずっと外の世界にあこがれているのだ。
スガタはふいに足を止め、水平線に目をやった。沖合では、サンゴ礁を洗う波が白く泡立っている。
もちろんスガタはワコを何より大事に思っている。たとえば島から出られる奇跡が起こったとすれば、自分ではなくワコの身の上であって欲しいと本気で願っていた。
だけど、恋じゃない。ワコに抱くこの気持ちは恋じゃない。スガタはそれをはっきり認識していた。ワコに自由を与えてやれないのと同じくらいにはっきりと。
自分の手の中にあるのは王の力。
でもその力を持ってしても、オリハルコンの足かせを外すことは不可能だ。ましてや、王の力を失ってしまえば、自分には何も残っていない。彼は何の取り柄もない、うすっぺらな人間になってしまうのだ。
店に入ってスガタが一番に足を運ぶのは、旅行雑誌のコーナーだ。外の世界を知り得る、数少ない情報のひとつ。
スガタは一冊の雑誌を手に取った。
雑誌のタイトルは、「インド洋の島々」。
表紙に目をやれば飛び込んでくるのは、鮮やかなブルー。海と空の青い色だ。青い色は表紙だけじゃない、ページをめくればどこも一面、海と空の鮮明な青で埋め尽くされている。ブルーに彩りを添えているのは白い雲と木々のグリーン。マゼンダのブーゲンビリア。『ヴァカンスにもってこいの島々』という謳い文句が付いたその島は、世界でも有数の観光地だという。スガタが驚いたのは、異国の島の景色が南十字島のそれとそっくりだったからだ。
――天国に一番近い島。
いつかどこかで耳にした、そんな言葉が思い出される。
写真で見る限り、インド洋の青い空は、スガタがいつも見上げる空と同じ色をしているようだ。エメラルドグリーンの海も、真っ白な砂浜も。
だけどここ、南十字島は、天国に一番近い島なんかじゃない。それどころか、この島は邪悪の島だ。島の奥深い場所に、有り得ない狂気を孕んでいるのだから。ここ南十字島は、呪われた島なのだ。
鮮烈なブルーの写真から目を逸らし、スガタは雑誌をぱたんと閉じた。置いてあった場所に本を戻すと、彼は店の外に出て行った。
島から外には出てはいけない、それをスガタが知ったのは、まだ物心がつかない頃だった。しかし正確には、その言葉の意味はちょっとばかり違っている。島から出てはいけない、のではなく、島から出ていくのは不可能だ、ということだから。その事実を、彼は経験から学んで知っていた。幼いながらも島の外に出ていこうと彼はチャレンジしていた。そのたびに、行動は不可解な力で常に阻まれてしまう。スガタは如才ない子供だったから、すぐにその事実を受け止めた。それが当たり前だと思うようになっていた。とはいえ納得していたわけじゃない。ただ、自分の身の上を嘆いてみても恨んでみても、どうにもならない、ということを理解した、というだけだ。これは、シルシを持ってシンドウ家に生まれた者の宿命なのだ、と。
緩い勾配を下っていくと、海が見えてくる。県道から階段を下りて、スガタはいつもの浜に足を進めた。
浜を歩くと靴の中に砂が入る。それが嫌でスガタは、わざと波打ち際の湿った砂を歩いた。
彼が皆水神社に近寄ろうとしなかったのは、ワコに会いたくなかったからだ。
ワコは彼に何も言わない。けれど、彼女も自分と同じだ。なかば諦めながらも自分の運命に逆らいたいと願っている。おまけに彼女はスガタなんかよりずっと外の世界にあこがれているのだ。
スガタはふいに足を止め、水平線に目をやった。沖合では、サンゴ礁を洗う波が白く泡立っている。
もちろんスガタはワコを何より大事に思っている。たとえば島から出られる奇跡が起こったとすれば、自分ではなくワコの身の上であって欲しいと本気で願っていた。
だけど、恋じゃない。ワコに抱くこの気持ちは恋じゃない。スガタはそれをはっきり認識していた。ワコに自由を与えてやれないのと同じくらいにはっきりと。
自分の手の中にあるのは王の力。
でもその力を持ってしても、オリハルコンの足かせを外すことは不可能だ。ましてや、王の力を失ってしまえば、自分には何も残っていない。彼は何の取り柄もない、うすっぺらな人間になってしまうのだ。
作品名:Freeze Frame 作家名:うきぐもさなぎ