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冷たくて

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 まぁそりゃあ冬だからなぁ……手袋でもして眠ったらどうだ? ほら、よく赤ちゃんなんかが自分の爪で肌を傷つけないようにって手袋して眠ってるだろ? あれみたいに。え? ちげーよ別にお前を赤ん坊扱いしているわけではなくてだな……ああ、うん。それはもう、完全な冷え症だろ。靴下もちゃんと履いてるのか? そうか、そういえば今時靴に入れるカイロなんてものが売ってるんだが知ってるか? ――そりゃ失礼したな、使用者的にはどんな感じだ? 愛用? ハルヒがそんなこと知ったらきっと大爆笑するか呆れるかどっちかだな。「男のくせにカイロ? 少しは私を見習いなさい、体操服で校庭を駆け抜けてあげるわ!」とか言いそうだろ? はは、違いないな……え、あぁ、特に用事はないな。久しぶりの休日だからゴロゴロして過ごそうかと思ってたんだよ、お前は? だよな、聞くまでもないよな毎日毎日ハルヒの相手と機関の仕事でお疲れだもんな。え? ああ、そうかそうか、じゃぁな。

 電源ボタンを押して通話を切り、まだ耳元に当てたままの携帯から流れ込んでくる機械的な音に耳を傾けた。
 等間隔に鳴り続ける音はまるで何かの催眠術に俺をかけるような勢いで、止まる気配を微塵も感じさせない。何気なく今の会話を反芻して、ああなんて意味の無い会話だったんだろうと思う。そしてその意味の無い会話に隠されたのであろう意味に気付いてしまった自分に溜息が出た。
 まず布団から腕を出して、それから一呼吸おいて一気に掛け布団を取り払った。
 とたんに冷たさに震えた体を両手でさすりながら立ち上がり、クローゼットの中から適当に見つくろったジーンズとニットに袖を通す。顔と歯を磨いて、携帯と財布をポケットに突っ込んだら出掛ける用意などすぐに済んでしまった。
 休日の朝から、恋人と意味の無い会話をするのは構わない。むしろまぁ、それも青春? とか? そんな感じがしていいんじゃないだろうかとか、らしくないことも考える程度には頭のネジが飛んでいってしまっているらしい。きっとそれは古泉も同じなんだろう。今ごろベッドの中で「何をやっているんだ僕は……」とか呟いてたりしてな。

「キョンくーんおはよー」
 マフラーを巻きながら階段を降りていくと、朝から寒さなど感じさせない天真爛漫な妹が俺を迎えた。
「おう、おはよう」
「今日はどこ行くのー? あたしも連れてってー」
「お前は今日は母さんと買い物だろ」
「あ! そうだったー、キョンくんいってらっしゃーい」
「はいはい、行ってきますっと」
 キョンくん、ハイは1回だよ~と、手を振る妹にしっかりと「はい」と返事をして、自転車と共に玄関を飛び出す。手袋にマフラー、コートと背中に貼ったカイロのお陰でこの寒空の中でも全速力でタイヤを回すことができそうだった。



◆ ◆ ◆


「よ」
 途中で寄ったコンビニで購入した温かい飲み物と中華まんの入った袋をつきつけて、俺が何故ここにいるのか、という問いと驚きで染まった視線をかいくぐりつつコートを脱いで部屋に侵入した。掛け布団が捲れたままのベッドはまだ十分に温かく、一体お前は何枚ジャージを着ているんだというくらいに部屋着で着ぶくれしている古泉とそれを交互に眺めると慌てて寝乱れた髪の毛を両手で整えながら古泉が「あ、適当に座っててください、僕はちょっと着替えてきますので」と俺の真後ろにあるタンスに手を伸ばそうとしていた。
「別にいいだろ、そのまんまで」
 こういうときワンルームってのは便利でいい。着替えようとしている古泉の腕をとってベッドに引っ張り上げてから、古泉の両手を纏めて俺の手で包み込んでやる。
「あの」
 確かに、電話で言っていた通りだった。まるで氷を包み込んでいるような気がするくらい冷たい指先を擦って、息を吹きかけて温めてやる。
「温かいだろ?」
 なんだかなぁ、お前のそんなに真っ赤な顔を見てると手がこんなに冷たいのが嘘みたいに見えるんだけれども、というより、大分温かくなってきてるんじゃないか? 俺はひょっとしたらそろそろ汗が出てきそうな気もする。それが暑いからなのかそれともこんなことをしている自分のことをちょっと客観的に見つめてみたせいなのかはこの際その辺の道に捨てておいて。
「……あったかい、というよりは、あつい…です」
 そうかそうか、それは何よりだ。
 と、言う俺の声は上ずっていなかっただろうか。不安だ。すごく。
「あの」
「ん?」
「……まさか、来てくれるとは思わなかったので嬉しいです」
 はにかむような顔が綺麗だなぁと思うあたり俺も以下略。
 今は部屋に一人じゃなくて、古泉が目の前にいるんだからそういうつまらないことを考えるのはやめておくことにしよう。そうやって笑ってくれるなら俺も、寒い中自転車飛ばして着ただけのことはあるよ。
「が、できれば事前に連絡して頂けると嬉しいです」
「…………」
 古泉が用事も無く電話をしてくるとは思えず、かといってその用事があいつにとって言いにくい者だった場合にそれを素直に言えるとも思えなくて、至った結論はどうやら正解だったらしい。
 「俺に会いたい」と思ったのが先か、「手が冷たいからどうにかしてほしい」と思ったのが先かは俺にも分からん。けどまぁ、どっちが先にしても俺に会いたいと思ってくれるだけで恩の字、それを戸惑って言葉にできないだなんて、おくゆかしくて何とも言えないくらい、良い。
「事前に言ってから来たらお前着替えるだろ」

 きっちり制服を着ているお前じゃなくて、部屋着で着ぶくれしてるお前と一緒に俺は寝たかったんだよ。とは、恥ずかしいので言えるわけもなく。心の中で呟いて、ベッドの上で正座している古泉ごと掛け布団の中に収まって目を閉じた。
作品名:冷たくて 作家名:東雲