自信家の女の子Bと僕の話
昔から女友達が多い方だったけれど、最近一番遊んでいる女友達は、高校の時の同級生。名前を出したら怒られそうだから、自惚れ屋な女の子Aと自信家の女の子Bとなんだか掴みどころのない女の子Cとしよう。3人とも今まで会ったことのないタイプの子で、一緒にいてすごく楽しいし、飽きない。3人ともちょっと年上の僕にも気兼ねなく接してくれるし。もしかして僕のこと男だと思ってないんじゃないのかな……。まぁ、だからこそこうして高校を卒業しても何度も会っているわけなんだけど。さて、とにかく僕はそんな女友達と仲良くしているのだけれど、今日は自信家の女の子Bの話をしようか。
「せんぷぁいの、ぶあぁかああああ」
「あああ三木ちゃん三木ちゃんストップ!大声ストップ!!」
勢いよくグラスを置いて叫んだ三木ちゃんを、僕は焦ってなだめる。個室風に仕切ってある居酒屋とはいえ、隣の会話が丸聞こえの環境で、こんなに大声を出されちゃ困る。でもこんなことはもう今夜何度目かだったんだけれど。
三木ちゃん(この子がさっき言った自信家の女の子Bね)は、もう何杯めかの梅酒を平らげてすっかり出来上がってしまっている。酒が入ったせいで真っ赤になって、目が座っているけど、なおもわぁわぁと彼氏の不満を僕にまき散らす。要するに、痴話喧嘩の愚痴聞きだったんだよね、今日の飲み会は。
三木ちゃんがいきなり「今日空いてますか」とメールをする時は、大体彼氏となんかあった時。ぐだぐだに飲んで、愚痴って、泣いちゃいたい時。いつもは、友達の女の子A・Cにもメールがいってて、一緒に愚痴を聞いたり、嗜めたりしてくれるのだけれど、今回は予定があったのか二人ともこなかった(もしくは愚痴に飽き飽きして参加しなかったか、だ)。僕もいつも変わらずよくわからないことで喧嘩してる彼氏との愚痴に飽き飽きしてない、っていうと嘘になるけど、何よりもし僕も愚痴を聞いてあげなかったら、この真面目な女の子はどこで泣けばいいのかわからないじゃない?だから、こういうどうしようもない展開になるってわかってて、「うん、暇だよ」ってメールを返したんだよね。
「先輩の馬鹿、嫌い、嫌い」
「うん、そうだね」
「ホントに嫌い……ッ」
そうやってボロボロ大粒の涙を零す三木ちゃんのことを見て、僕はうん、うん、と言いながら涙を拭ってあげる役。山積みになったグラスたちを避けて、テーブル越しに涙を拭ってあげると、まだ温かい三木ちゃんの涙が僕の右手を伝って、飲み干されたあとのグラスに垂れて、梅酒といっしょくたになった。
彼氏にベタ惚れなくせに、嫌い嫌い、と繰り返す三木ちゃんは馬鹿な子。僕はあんまり(というか全然)頭が良くないけれど、嫌い嫌いもなんとやら、そのくらいは知ってるよ。
「ほらぁ、三木ちゃん、だいじょぶ、そろそろ駅だよ、歩ける?」
「うー、無理そうで、すぅぅ」
「もぉー」
電車の中で、椅子に座って項垂れた三木ちゃんの背中をさすってやる。こうなることは分かっていたから、僕は全然飲んでない。そうそう飲みたいわけでもなかったけど。その日、三木ちゃんはピンク色のシフォンのワンピースに、白いカーディガンを羽織っていたけれど、その上からでもわかる華奢さだった。三木ちゃんもそれは気にしていたみたいで、一度太ろうとしていたけどやっぱり無理だったみたい。そういうの、世間の女の子に言ったら目の敵にされるから言っちゃだめだよ、って言ったら、なんか難しい顔をされたけど。
隣からハァハァと、荒い呼吸の音が聞こえて、ちょっとドキッとさせられちゃうあたり、やっぱり三木ちゃんも女の子だなぁ、って思う。でも三木ちゃんが好きなのは、やっぱり「嫌い」な先輩なんだよね。
そう考えながら背中をさすり続けていると、三木ちゃんが小さく震えている。
「ううう……」
「ちょ、三木ちゃん泣かないで!僕が泣かしてるみたいじゃん!」
泣きやんで、お願い、って何度か小声で頼んだけれど、三木ちゃんの涙は止まらなかった。気持ち悪さのせいなのか、それともなんなのか、わからない涙が、ぼたぼたと。あんなに大きな水滴が、よく身体から出てくるものだなぁ、と僕はとてもどうでもいいことを思ってゴトゴトと電車に揺られた。終電間近の電車の中の人々は、もう疲れ切っているのか女の子の涙などには無関心で、みんな揺れに身を任せていた。
三木ちゃんの家の最寄り駅で、なんとか三木ちゃんと一緒に降りた。何度か女友達と一緒に今夜みたいに酷いありさまになった三木ちゃんを送っていったことがあるから、なんとなく土地勘はある。すっかり千鳥足の三木ちゃんの肩に手を回して支えながら、
「ホラ、歩ける?うちの鍵出せる?」
と尋ねると、
「なにゆってんですか、こないだ、合鍵、あげたじゃないですかぁ」
と、どうやら僕を誰かさんと間違っているような答えが返ってくる。
「もう!三木ちゃん、さすがに僕合鍵までは持ってないんだから!しっかりして!」
「ふぁいい」
三木ちゃんの、ふやけたみたいな返事に呆れて溜息をついて、どうにもならないのでどこかでタクシーでも拾うか、と駅の出口に目を向けると、
「あ」
そこに見覚えのある顔があった。
駅の出口の傍の柱にもたれかかって立っていた彼は、僕と三木ちゃんの姿を見とめると、つかつかと真っ直ぐやってきた。三木ちゃんは、もう半分寝惚け眼だったくせに、彼のことをみつけると驚いた猫みたいに、ピン、と背筋を伸ばした。
「せ、せんぱい」
相変わらず舌ったらずな様子だが、三木ちゃんが呟く。そうだ、彼が三木ちゃんの彼氏。『潮江先輩』。
「せんぱ、い、なんで」
『潮江先輩』は、酔っぱらって顔が真っ赤な三木ちゃんを見て溜息を吐くと、三木ちゃんの質問にも答えずに僕の手から三木ちゃんを簡単に奪って、代わりに自分の肩を三木ちゃんに貸してやった。
「平に聞いたんだよ、斉藤と飲んでる、って」
三木ちゃんに低い声でそれだけを言って、
「斎藤、手間かけたな」
そうして僕の方を見て軽く会釈をした。僕はすっかり驚いてしまって、
「ええ、いやぁ、大丈夫、です」
とかなんとか、途切れ途切れに答えるしかできなかったけど。
『潮江先輩』は、こんなになるまで飲むな、バカタレ、と三木ちゃんを叱った。三木ちゃんは一瞬びくりと身体を強張らせたけど、でも安心したように身体を預けていた。『潮江先輩』は、自分の腕時計をチラ、と見て僕に問いかけた。
「斎藤、駅どこだ」
「えっ、あ、○○駅ですけど」
いきなり何を言い出すのか、と思っていると、『潮江先輩』は、一度三木ちゃんの腰から腕を離し、自分にもたれかからせた。そうしてズボンの尻ポケットから財布を出すと、千円札を僕に差し出した。
「え」
「ここまでの電車賃。今日はこんなとこまで、悪かったな」
「で、でも」
「いいから。ホレ、行け。そろそろ終電出るぞ」
「あ」
僕は有無を言わさず千円札を握らされて、何も言えなかった。『潮江先輩』は、そのまま三木ちゃんの白いパンプスを脱がせると、三木ちゃんを背負った。三木ちゃんは背負われる前に何か反論していたようだったけど、全く聞く耳を持たずに『潮江先輩』は三木ちゃんを背負ってもう一度僕の方を振り返り、「じゃあな、気をつけろよ」と言って二人で帰っていった。
「せんぷぁいの、ぶあぁかああああ」
「あああ三木ちゃん三木ちゃんストップ!大声ストップ!!」
勢いよくグラスを置いて叫んだ三木ちゃんを、僕は焦ってなだめる。個室風に仕切ってある居酒屋とはいえ、隣の会話が丸聞こえの環境で、こんなに大声を出されちゃ困る。でもこんなことはもう今夜何度目かだったんだけれど。
三木ちゃん(この子がさっき言った自信家の女の子Bね)は、もう何杯めかの梅酒を平らげてすっかり出来上がってしまっている。酒が入ったせいで真っ赤になって、目が座っているけど、なおもわぁわぁと彼氏の不満を僕にまき散らす。要するに、痴話喧嘩の愚痴聞きだったんだよね、今日の飲み会は。
三木ちゃんがいきなり「今日空いてますか」とメールをする時は、大体彼氏となんかあった時。ぐだぐだに飲んで、愚痴って、泣いちゃいたい時。いつもは、友達の女の子A・Cにもメールがいってて、一緒に愚痴を聞いたり、嗜めたりしてくれるのだけれど、今回は予定があったのか二人ともこなかった(もしくは愚痴に飽き飽きして参加しなかったか、だ)。僕もいつも変わらずよくわからないことで喧嘩してる彼氏との愚痴に飽き飽きしてない、っていうと嘘になるけど、何よりもし僕も愚痴を聞いてあげなかったら、この真面目な女の子はどこで泣けばいいのかわからないじゃない?だから、こういうどうしようもない展開になるってわかってて、「うん、暇だよ」ってメールを返したんだよね。
「先輩の馬鹿、嫌い、嫌い」
「うん、そうだね」
「ホントに嫌い……ッ」
そうやってボロボロ大粒の涙を零す三木ちゃんのことを見て、僕はうん、うん、と言いながら涙を拭ってあげる役。山積みになったグラスたちを避けて、テーブル越しに涙を拭ってあげると、まだ温かい三木ちゃんの涙が僕の右手を伝って、飲み干されたあとのグラスに垂れて、梅酒といっしょくたになった。
彼氏にベタ惚れなくせに、嫌い嫌い、と繰り返す三木ちゃんは馬鹿な子。僕はあんまり(というか全然)頭が良くないけれど、嫌い嫌いもなんとやら、そのくらいは知ってるよ。
「ほらぁ、三木ちゃん、だいじょぶ、そろそろ駅だよ、歩ける?」
「うー、無理そうで、すぅぅ」
「もぉー」
電車の中で、椅子に座って項垂れた三木ちゃんの背中をさすってやる。こうなることは分かっていたから、僕は全然飲んでない。そうそう飲みたいわけでもなかったけど。その日、三木ちゃんはピンク色のシフォンのワンピースに、白いカーディガンを羽織っていたけれど、その上からでもわかる華奢さだった。三木ちゃんもそれは気にしていたみたいで、一度太ろうとしていたけどやっぱり無理だったみたい。そういうの、世間の女の子に言ったら目の敵にされるから言っちゃだめだよ、って言ったら、なんか難しい顔をされたけど。
隣からハァハァと、荒い呼吸の音が聞こえて、ちょっとドキッとさせられちゃうあたり、やっぱり三木ちゃんも女の子だなぁ、って思う。でも三木ちゃんが好きなのは、やっぱり「嫌い」な先輩なんだよね。
そう考えながら背中をさすり続けていると、三木ちゃんが小さく震えている。
「ううう……」
「ちょ、三木ちゃん泣かないで!僕が泣かしてるみたいじゃん!」
泣きやんで、お願い、って何度か小声で頼んだけれど、三木ちゃんの涙は止まらなかった。気持ち悪さのせいなのか、それともなんなのか、わからない涙が、ぼたぼたと。あんなに大きな水滴が、よく身体から出てくるものだなぁ、と僕はとてもどうでもいいことを思ってゴトゴトと電車に揺られた。終電間近の電車の中の人々は、もう疲れ切っているのか女の子の涙などには無関心で、みんな揺れに身を任せていた。
三木ちゃんの家の最寄り駅で、なんとか三木ちゃんと一緒に降りた。何度か女友達と一緒に今夜みたいに酷いありさまになった三木ちゃんを送っていったことがあるから、なんとなく土地勘はある。すっかり千鳥足の三木ちゃんの肩に手を回して支えながら、
「ホラ、歩ける?うちの鍵出せる?」
と尋ねると、
「なにゆってんですか、こないだ、合鍵、あげたじゃないですかぁ」
と、どうやら僕を誰かさんと間違っているような答えが返ってくる。
「もう!三木ちゃん、さすがに僕合鍵までは持ってないんだから!しっかりして!」
「ふぁいい」
三木ちゃんの、ふやけたみたいな返事に呆れて溜息をついて、どうにもならないのでどこかでタクシーでも拾うか、と駅の出口に目を向けると、
「あ」
そこに見覚えのある顔があった。
駅の出口の傍の柱にもたれかかって立っていた彼は、僕と三木ちゃんの姿を見とめると、つかつかと真っ直ぐやってきた。三木ちゃんは、もう半分寝惚け眼だったくせに、彼のことをみつけると驚いた猫みたいに、ピン、と背筋を伸ばした。
「せ、せんぱい」
相変わらず舌ったらずな様子だが、三木ちゃんが呟く。そうだ、彼が三木ちゃんの彼氏。『潮江先輩』。
「せんぱ、い、なんで」
『潮江先輩』は、酔っぱらって顔が真っ赤な三木ちゃんを見て溜息を吐くと、三木ちゃんの質問にも答えずに僕の手から三木ちゃんを簡単に奪って、代わりに自分の肩を三木ちゃんに貸してやった。
「平に聞いたんだよ、斉藤と飲んでる、って」
三木ちゃんに低い声でそれだけを言って、
「斎藤、手間かけたな」
そうして僕の方を見て軽く会釈をした。僕はすっかり驚いてしまって、
「ええ、いやぁ、大丈夫、です」
とかなんとか、途切れ途切れに答えるしかできなかったけど。
『潮江先輩』は、こんなになるまで飲むな、バカタレ、と三木ちゃんを叱った。三木ちゃんは一瞬びくりと身体を強張らせたけど、でも安心したように身体を預けていた。『潮江先輩』は、自分の腕時計をチラ、と見て僕に問いかけた。
「斎藤、駅どこだ」
「えっ、あ、○○駅ですけど」
いきなり何を言い出すのか、と思っていると、『潮江先輩』は、一度三木ちゃんの腰から腕を離し、自分にもたれかからせた。そうしてズボンの尻ポケットから財布を出すと、千円札を僕に差し出した。
「え」
「ここまでの電車賃。今日はこんなとこまで、悪かったな」
「で、でも」
「いいから。ホレ、行け。そろそろ終電出るぞ」
「あ」
僕は有無を言わさず千円札を握らされて、何も言えなかった。『潮江先輩』は、そのまま三木ちゃんの白いパンプスを脱がせると、三木ちゃんを背負った。三木ちゃんは背負われる前に何か反論していたようだったけど、全く聞く耳を持たずに『潮江先輩』は三木ちゃんを背負ってもう一度僕の方を振り返り、「じゃあな、気をつけろよ」と言って二人で帰っていった。
作品名:自信家の女の子Bと僕の話 作家名:ノミヤ