「楽園の作り方」1
「楽園の作り方」
楽園はどこにある?
side:KAITO
「・・・認証完了しました。今から、彼は、あなただけのVOCALOIDです」
霞む意識の中、声が聞こえる。
うっすらと開いた目に光が射し、二・三度瞬いた。
俺がいるのは、とてつもなく広い畳敷きの部屋で、壁際にずらりと居並ぶ人々が、全員俺に視線を向けている。
あまりの迫力にたじろいでいると、下から声が聞こえた。
「こっち。見える?」
囁くように微かな声に目を向ければ、一人の少女が俺を見上げている。
この人が、俺のマスター。
「あっ、よ、よろしくお願いします、マスター」
慌てて頭を下げる俺に、少女は微笑み、
「よろしくね、カイト」
「お嬢様、そろそろ・・・」
横から、年輩の女性が声を掛けると、マスターは頷いて、
「後でね」
俺にそう言うと、年輩の女性に連れられて、行ってしまった。
「え?あの、マスター?」
「あなたはこちらに」
別の女性がやってきて、俺の腕を取ると、有無を云わさず部屋から連れ出される。
「あの、ま、マスターは」
「お嬢様は、これから座学とお稽古がおありです。あなたは、こちらの部屋で待つようにと」
そう言って押し込まれたのは、廊下の奥まった場所にある、三畳ほどの小さな部屋。
「あのー」
「迎えが来るまでここにいるようにとの、お嬢様のお言いつけです」
女性は一方的に言い残して、部屋から出ていった。
・・・おーい。
ぐるりと見渡した部屋には、家具が一切置いていない。
やけに質素な部屋の中、壁にもたれて座ると、マスターが迎えに来るのを待つことにした。
俺は、歌うことを目的に作られた、娯楽用アンドロイドの一種、VOCALOID『KAITO』。
登録された情報によれば、俺のマスターは先ほどの少女。
17歳のはずだけれど、随分幼く見えた。
旧家の娘で、かなり裕福な暮らしをしているらしいことは、この家を見れば分かる。
さっきの人も、「お嬢様」って言ってたしな。
きょろきょろと周りを見回しても、先ほどとなんら変わりない、質素な室内しか目に入らなかった。
まさか、いきなり引き離されるとは思わなかった。
「迎えが来るまで」と言っていたけれど、どれくらいで来るのだろう?
スリープモードに移行したほうがいいんだろうか。
どれくらい待つか分からないし。
ああ、でも、再起動にはマスターの声が必要なんだから、他の人が迎えにきたらまずいよな。
無意味に立ち上がり、部屋の中を一周してから、元の位置に座る。
・・・マスター、いつ来るんだろう。
いつ来るか分からない迎えを待ちながら、ぼんやりと天井を見上げた。
廊下に面した障子は半分開かれていて、頻繁に人が行き交う。
皆、ちらりとこちらに視線を向けた後、何故か顔をしかめたり眉をひそめたりしながら、忙しそうに立ち去っていった。
だったら、見なきゃいいじゃないか。
苛立ちを感じながら、意地になって動かないでいたら、若い女性が部屋をのぞき込む。
先ほどから廊下を行き交っている人々とは違う、上品で柔らかな空気を纏っていた。
「こんにちは。あなたが、今日来たボーカロイドさん?」
「え、あ、は、はい」
予想外の事態に戸惑っていたら、相手の女性は笑って、
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?私はナツキ。アヤネ・・・あなたのマスターから見たら、三人目の姉になるわね」
「あ、はあ・・・」
何か引っかかる言い方だなと思っていたら、ナツキさんはくすくす笑い、
「ごめんなさいね、変な言い方をして。本家の人間以外にも、色々いるから」
「え?はあ」
「つまり、外に愛人作って、ぽんぽん生ませてるって訳だ。認知もしねーでな」
「ソウイチ叔父様!」
ナツキさんが、声の方を睨みつける。
そこに立っているのは、くたびれた感じの中年男性で、口の端に火のついていない煙草をくわえていた。
ナツキさんは、さらに目尻をきつくして、
「何時来たんです?お屋敷の中は、禁煙ですよ?」
「さっきだ。堅苦しいこと言うなよ、ナツキ。今は何時代なんだ?萎びた芋みてーな年寄りの命令が、そんなに大事か」
「お爺様にそんな口を利いて、許されると思ってるのですか!?」
「はいはい、じーさんは怖い怖い。ああ、俺はソウイチ。アヤネの二番目の兄貴だ」
「彼に、変なことを吹き込まないでください!ごめんなさい、叔父の言うことは気にしないで。この人は、私とアヤネの叔父なの」
ソウイチさんは、煙草を背広の内ポケットにしまうと、無精ひげの生えた顎を撫で、
「これが、アヤネの新しいおもちゃか。これを見たら、婚約者殿はどう思うかねえ?全く、じじいも、お姫様には甘いからな」
無遠慮に眺め回した後、彼はくるりと背を向けると、
「ま、せいぜい飽きられんようにな。じじいに言ってくれ、ままごと遊びもほどほどにしろって」
「叔父様!!」
ソウイチさんは、ひらひらと手を振って立ち去る。
ナツキさんがふっと息を吐いて、ぎこちない笑顔を向けてきた。
「ごめんなさい、みっともないところを見せてしまって。あの人は少し・・・・・・皮肉屋だから」
肩をすくめると、ナツキさんは俺の手を取って、
「ねえ、アヤネが来るまで暇でしょう?お屋敷の中を見せてあげる」
「え、あの、でも」
「大丈夫、まだ当分終わらないから。こっちよ」
ナツキさんに手を引かれ、俺は廊下に出る。
すれ違う人達は、ナツキさんの姿に目を遣ると、立ち止まって頭を下げた。
ええと、ええと、何だこの光景は。
戸惑う俺に構わず、ナツキさんは、それが当然のようにさっさと歩いていく。
「カイトさんは、歌が得意なのでしょう?ピアノがあるの。見せてあげるわ」
「え、あ、はい」
置いて行かれては大変なので、足早に歩いていくナツキさんの後に、急いでついていった。
「ここが、身内の集まりに使うお部屋ね。さっきのお部屋とは、また少し内装を変えてあるの」
「はあ」
・・・・・・どれだけ部屋を作れば、気が済むのかと。
まるで、迷路にでも迷い込んだ気分だ。
似たような部屋をいくつも回り、廊下の先にまた部屋がある。
ナツキさんは、俺の方を振り返り、
「疲れた?気分を変えて、お庭を見てみる?」
「あ、いや、俺は」
言いかけた時、背後からナツキさんを呼ぶ声がする。
「アヤネお嬢様が、お出になります」
「もうそんな時間?カイトさんがいないから、アヤネは怒ってるかしら」
ナツキさんは、くすくす笑って、
「すぐに行くわ。カイトさん、行きましょう?」
「あ、はい」
足早に歩いていくナツキさんの後を、俺は慌ててついていった。
案内されたのは、やたら広い玄関で、硬い表情のマスターが、大勢の女性に囲まれている。
「アヤネ、カイトさんを連れてきたわよ」
ナツキさんの声に、マスターは振り向くと、軽く頭を下げた。
ナツキさんは、近づいてマスターの髪を撫でると、
「わがまま言って、カイトさんを困らせては駄目よ?」
マスターの声は、くぐもって良く聞こえない。
二言三言呟いてから、俺の方を向き、ふっと相好を崩した。
楽園はどこにある?
side:KAITO
「・・・認証完了しました。今から、彼は、あなただけのVOCALOIDです」
霞む意識の中、声が聞こえる。
うっすらと開いた目に光が射し、二・三度瞬いた。
俺がいるのは、とてつもなく広い畳敷きの部屋で、壁際にずらりと居並ぶ人々が、全員俺に視線を向けている。
あまりの迫力にたじろいでいると、下から声が聞こえた。
「こっち。見える?」
囁くように微かな声に目を向ければ、一人の少女が俺を見上げている。
この人が、俺のマスター。
「あっ、よ、よろしくお願いします、マスター」
慌てて頭を下げる俺に、少女は微笑み、
「よろしくね、カイト」
「お嬢様、そろそろ・・・」
横から、年輩の女性が声を掛けると、マスターは頷いて、
「後でね」
俺にそう言うと、年輩の女性に連れられて、行ってしまった。
「え?あの、マスター?」
「あなたはこちらに」
別の女性がやってきて、俺の腕を取ると、有無を云わさず部屋から連れ出される。
「あの、ま、マスターは」
「お嬢様は、これから座学とお稽古がおありです。あなたは、こちらの部屋で待つようにと」
そう言って押し込まれたのは、廊下の奥まった場所にある、三畳ほどの小さな部屋。
「あのー」
「迎えが来るまでここにいるようにとの、お嬢様のお言いつけです」
女性は一方的に言い残して、部屋から出ていった。
・・・おーい。
ぐるりと見渡した部屋には、家具が一切置いていない。
やけに質素な部屋の中、壁にもたれて座ると、マスターが迎えに来るのを待つことにした。
俺は、歌うことを目的に作られた、娯楽用アンドロイドの一種、VOCALOID『KAITO』。
登録された情報によれば、俺のマスターは先ほどの少女。
17歳のはずだけれど、随分幼く見えた。
旧家の娘で、かなり裕福な暮らしをしているらしいことは、この家を見れば分かる。
さっきの人も、「お嬢様」って言ってたしな。
きょろきょろと周りを見回しても、先ほどとなんら変わりない、質素な室内しか目に入らなかった。
まさか、いきなり引き離されるとは思わなかった。
「迎えが来るまで」と言っていたけれど、どれくらいで来るのだろう?
スリープモードに移行したほうがいいんだろうか。
どれくらい待つか分からないし。
ああ、でも、再起動にはマスターの声が必要なんだから、他の人が迎えにきたらまずいよな。
無意味に立ち上がり、部屋の中を一周してから、元の位置に座る。
・・・マスター、いつ来るんだろう。
いつ来るか分からない迎えを待ちながら、ぼんやりと天井を見上げた。
廊下に面した障子は半分開かれていて、頻繁に人が行き交う。
皆、ちらりとこちらに視線を向けた後、何故か顔をしかめたり眉をひそめたりしながら、忙しそうに立ち去っていった。
だったら、見なきゃいいじゃないか。
苛立ちを感じながら、意地になって動かないでいたら、若い女性が部屋をのぞき込む。
先ほどから廊下を行き交っている人々とは違う、上品で柔らかな空気を纏っていた。
「こんにちは。あなたが、今日来たボーカロイドさん?」
「え、あ、は、はい」
予想外の事態に戸惑っていたら、相手の女性は笑って、
「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?私はナツキ。アヤネ・・・あなたのマスターから見たら、三人目の姉になるわね」
「あ、はあ・・・」
何か引っかかる言い方だなと思っていたら、ナツキさんはくすくす笑い、
「ごめんなさいね、変な言い方をして。本家の人間以外にも、色々いるから」
「え?はあ」
「つまり、外に愛人作って、ぽんぽん生ませてるって訳だ。認知もしねーでな」
「ソウイチ叔父様!」
ナツキさんが、声の方を睨みつける。
そこに立っているのは、くたびれた感じの中年男性で、口の端に火のついていない煙草をくわえていた。
ナツキさんは、さらに目尻をきつくして、
「何時来たんです?お屋敷の中は、禁煙ですよ?」
「さっきだ。堅苦しいこと言うなよ、ナツキ。今は何時代なんだ?萎びた芋みてーな年寄りの命令が、そんなに大事か」
「お爺様にそんな口を利いて、許されると思ってるのですか!?」
「はいはい、じーさんは怖い怖い。ああ、俺はソウイチ。アヤネの二番目の兄貴だ」
「彼に、変なことを吹き込まないでください!ごめんなさい、叔父の言うことは気にしないで。この人は、私とアヤネの叔父なの」
ソウイチさんは、煙草を背広の内ポケットにしまうと、無精ひげの生えた顎を撫で、
「これが、アヤネの新しいおもちゃか。これを見たら、婚約者殿はどう思うかねえ?全く、じじいも、お姫様には甘いからな」
無遠慮に眺め回した後、彼はくるりと背を向けると、
「ま、せいぜい飽きられんようにな。じじいに言ってくれ、ままごと遊びもほどほどにしろって」
「叔父様!!」
ソウイチさんは、ひらひらと手を振って立ち去る。
ナツキさんがふっと息を吐いて、ぎこちない笑顔を向けてきた。
「ごめんなさい、みっともないところを見せてしまって。あの人は少し・・・・・・皮肉屋だから」
肩をすくめると、ナツキさんは俺の手を取って、
「ねえ、アヤネが来るまで暇でしょう?お屋敷の中を見せてあげる」
「え、あの、でも」
「大丈夫、まだ当分終わらないから。こっちよ」
ナツキさんに手を引かれ、俺は廊下に出る。
すれ違う人達は、ナツキさんの姿に目を遣ると、立ち止まって頭を下げた。
ええと、ええと、何だこの光景は。
戸惑う俺に構わず、ナツキさんは、それが当然のようにさっさと歩いていく。
「カイトさんは、歌が得意なのでしょう?ピアノがあるの。見せてあげるわ」
「え、あ、はい」
置いて行かれては大変なので、足早に歩いていくナツキさんの後に、急いでついていった。
「ここが、身内の集まりに使うお部屋ね。さっきのお部屋とは、また少し内装を変えてあるの」
「はあ」
・・・・・・どれだけ部屋を作れば、気が済むのかと。
まるで、迷路にでも迷い込んだ気分だ。
似たような部屋をいくつも回り、廊下の先にまた部屋がある。
ナツキさんは、俺の方を振り返り、
「疲れた?気分を変えて、お庭を見てみる?」
「あ、いや、俺は」
言いかけた時、背後からナツキさんを呼ぶ声がする。
「アヤネお嬢様が、お出になります」
「もうそんな時間?カイトさんがいないから、アヤネは怒ってるかしら」
ナツキさんは、くすくす笑って、
「すぐに行くわ。カイトさん、行きましょう?」
「あ、はい」
足早に歩いていくナツキさんの後を、俺は慌ててついていった。
案内されたのは、やたら広い玄関で、硬い表情のマスターが、大勢の女性に囲まれている。
「アヤネ、カイトさんを連れてきたわよ」
ナツキさんの声に、マスターは振り向くと、軽く頭を下げた。
ナツキさんは、近づいてマスターの髪を撫でると、
「わがまま言って、カイトさんを困らせては駄目よ?」
マスターの声は、くぐもって良く聞こえない。
二言三言呟いてから、俺の方を向き、ふっと相好を崩した。