「楽園の作り方」3
翌朝、マスターの呼びかけで意識が戻る。
「おはよう、カイト。今日は本家に行くから、ゆっくりしてられないんだ」
そう言ったマスターは、髪もきちんと整え、無地のワンピースを着ていた。
すでに朝食の準備ができているテーブルを、手で示して、
「先に用意しちゃった。食べよう?」
「あ、はい。マスター、あの」
「ん、何?」
「えっと・・・あ、俺も、一緒に行っていいですか?」
マスターは、俺を見つめ返した後、にこっと笑って、
「もちろんだよ。カイトが一緒に行ってくれるなら、嬉しいな」
「あ、はい。俺も嬉しい、です」
「座って。迎えが来ちゃうから」
「はい」
昨日とは打って変わって、硬い表情のマスターに、落ち着かない気持ちになる。
軽く伏せた目は悲しげで、機械的に食事を口に運んでいるようだった。
元気づけたいけれど、何を言っていいのか分からず、あまりじろじろ見るのも失礼だろうと、俺も俯いてパンをかじっていたら、
「・・・ごめんね」
「え?」
「明日は、休みだから。明日は、元気になるから」
「あ・・・はい。マスター、あの」
うまい言葉が思いつかず、俺は散々言い淀んだ後、
「あの、あの・・・無理は、しないでくださいね」
「うん。ありがとう」
マスターは堅い表情のまま、もくもくと食事を口に運ぶ。
俺も、黙って朝食を片づけた。
マスターの言っていた「迎え」が来て、俺はマスターと一緒に車に乗り込む。
車内でも言葉を交わすことなく、最初にマスターと会った家、マスターの実家で、マスターが「本家」と呼ぶ家に連れて行かれた。
ずらりと並んだ出迎えの人々に目もくれず、マスターはさっさと玄関に歩いていく。
その後をついていきながら、2回目にしてすでに、俺はここの雰囲気を好きになれないでいた。
マスターに向けられた視線は冷ややかで、まるで仮面のように、一様に表情がない。
玄関に入ると、マスターはそばにいた人に、
「ナツキ姉様は?」
「ナツキ様は、ご用事があるからと、お出かけになられました」
「そう。カイト、ごめんね、この前の部屋で待っていてくれる?」
振り向いたマスターは、申し訳なさそうに告げた。
俺は頷いて、
「分かりました、マスター。俺のことは、心配しないでください」
本当は嫌だったけれど、これ以上マスターを悲しませたくない。
畳の部屋で、ぼんやりとマスターを待った。
・・・・・・暇だなあ。
時折、部屋の前を人が通りかかる。
こちらに視線を向けては、嫌なものでも見たかのように顔を逸らした。
・・・・・・感じ悪い。
むっとして、俺も顔を逸らす。
早く、マスターと帰りたかった。きっと、マスターも此処には長居したくないだろう。
今朝のマスターの様子を思い出して、落ち着かない気持ちになっていたら、「あっ」という声が聞こえた。
「はい?」
反射的に顔を上げたら、部屋の前に見知らぬ青年が立っている。
気弱そうな顔の小柄な青年は、俺におどおどとした視線を向けると、
「ごめんっ、なさい!」
いきなり頭を下げて、ばたばたと走り去ってしまった。
・・・・・・はい?
何事かと訝しんでいたら、今度は見覚えのある顔が覗く。
「何だ、早くも捨てられたか?」
初日に、「ソウイチ」と名乗った男性が、煙草を弄びながら言った。
「・・・マスターを待っているんです」
「へえ。あのお姫様に、お前を同席させないだけの分別があったとはね」
馬鹿にしたような口調に、苛立ちを覚える。
「マスターを侮辱するのは、やめてください」
「はっ、機械が偉そうに。どうせ、飽きたら捨てられんだろ、お前は」
「マスターは、そんなことしません」
「どうして分かる?」
目の前の男性は、火のついていない煙草をポケットにしまうと、
「お前は、アヤネのことを何も知らねえだろ?」
「知っ・・・知らない、ことも、多いですが、これだけは分かります。マスターは、とても優しい人です。貴方が言うような性格じゃありません」
「へえ、うまく猫被ってんだな」
っ!!
俺が口を開くより早く、相手は手を挙げて俺を制すると、
「まあいいや。あのわがまま姫に伝えてくれ。この世に神なんかいないってな」
「何・・・」
「いくら何でも、それぐらいできんだろ?役立たずのお人形さん」
「なっ!!」
そう言うと、男はさっさと歩き去ってしまった。
ーーーーーーーーーっ!!!
悔しいけれど、機械の俺には何もできない。
腹立ち紛れに障子を締めると、俺は畳に寝転がった。
マスター、早く迎えにこないかな。
足音が近づいてきて、障子に手が掛かる気配。
はっとして上体を起こすと、マスターが顔を覗かせた。
「行儀悪いよ、カイト」
ふふっと笑うマスターの顔を見て、急いで立ち上がる。
マスターが笑ってくれた。それだけで十分だ。
「マスター、もう帰れるんですか?」
「うん、終わったよ。待たせてごめんね」
「いえ、大丈夫です」
マスターに駆け寄ると、俺の手を握って、
「お腹空いてない?カイトにも食事の用意をしてって、言ったんだけど・・・」
「え、あ、大丈夫ですよ、俺は。飲食が可能なだけで、必須ではありませんから」
「ごめんね」
悲しそうなマスターの顔に、慌てて首を振る。
「本当に、大丈夫ですから」
「うん、ありがとう。帰ろうか」
マスターは顔を伏せ、ぽつりと付け加えた。
「・・・本家は嫌いなんだ」
マンションの部屋に上がり、暗くなった室内に明かりを灯す。
「はー、疲れた。僕、シャワー浴びてくる」
「あ、マスター」
伝言があったことを思い出し、寝室に向かうマスターに声を掛けた。
伝えるのは気が進まないけれど・・・俺が勝手に判断する訳にいかないし。
伝えるだけ伝えないと、な。
「なあに?カイトも一緒に入る?」
「え!?い、いえ!違います!!あの、えっと、ソウイチさんという方から、マスターに伝言が」
俺の言葉に、マスターの顔がさっと強ばる。
「あの人が、何?酷いことされたの?」
「え?い、いえ、あの、マスターに伝言・・・」
「聞きたくない」
くるっと背を向けて、マスターが言った。
「え、あの」
「いいよ。どうせ、ロクなこと言わないから。カイトも、あの人のことは忘れて?今日は、ナツキ姉様がいなくて、カイトは一人で待っていた。それでいいでしょう?」
「あ・・・はあ・・・」
確かに、あの人の態度は不愉快だし、マスターが嫌がっている以上、無理強いはできない。
「分かりました。すみません、引き留めてしまって」
「いいよ。その代わり、今日は寝室に来てね」
!?
「え!いや、あのっ」
「嫌なの?そんなに、僕のこと嫌い?」
悲しげに眉を寄せるマスターに、俺は慌てて、
「いいいいいえそんな!!き、嫌いになんかなりません!!!」
「ありがと。僕もカイトのこと好きだよ」
くすっと笑って、マスターは寝室に入っていった。
あー・・・うあー・・・あー・・・
マスターの元に来て一ヶ月。
この暮らしにも、大分慣れてきた。
マスターは、週に三回本家に行く。
「おはよう、カイト。今日は本家に行くから、ゆっくりしてられないんだ」
そう言ったマスターは、髪もきちんと整え、無地のワンピースを着ていた。
すでに朝食の準備ができているテーブルを、手で示して、
「先に用意しちゃった。食べよう?」
「あ、はい。マスター、あの」
「ん、何?」
「えっと・・・あ、俺も、一緒に行っていいですか?」
マスターは、俺を見つめ返した後、にこっと笑って、
「もちろんだよ。カイトが一緒に行ってくれるなら、嬉しいな」
「あ、はい。俺も嬉しい、です」
「座って。迎えが来ちゃうから」
「はい」
昨日とは打って変わって、硬い表情のマスターに、落ち着かない気持ちになる。
軽く伏せた目は悲しげで、機械的に食事を口に運んでいるようだった。
元気づけたいけれど、何を言っていいのか分からず、あまりじろじろ見るのも失礼だろうと、俺も俯いてパンをかじっていたら、
「・・・ごめんね」
「え?」
「明日は、休みだから。明日は、元気になるから」
「あ・・・はい。マスター、あの」
うまい言葉が思いつかず、俺は散々言い淀んだ後、
「あの、あの・・・無理は、しないでくださいね」
「うん。ありがとう」
マスターは堅い表情のまま、もくもくと食事を口に運ぶ。
俺も、黙って朝食を片づけた。
マスターの言っていた「迎え」が来て、俺はマスターと一緒に車に乗り込む。
車内でも言葉を交わすことなく、最初にマスターと会った家、マスターの実家で、マスターが「本家」と呼ぶ家に連れて行かれた。
ずらりと並んだ出迎えの人々に目もくれず、マスターはさっさと玄関に歩いていく。
その後をついていきながら、2回目にしてすでに、俺はここの雰囲気を好きになれないでいた。
マスターに向けられた視線は冷ややかで、まるで仮面のように、一様に表情がない。
玄関に入ると、マスターはそばにいた人に、
「ナツキ姉様は?」
「ナツキ様は、ご用事があるからと、お出かけになられました」
「そう。カイト、ごめんね、この前の部屋で待っていてくれる?」
振り向いたマスターは、申し訳なさそうに告げた。
俺は頷いて、
「分かりました、マスター。俺のことは、心配しないでください」
本当は嫌だったけれど、これ以上マスターを悲しませたくない。
畳の部屋で、ぼんやりとマスターを待った。
・・・・・・暇だなあ。
時折、部屋の前を人が通りかかる。
こちらに視線を向けては、嫌なものでも見たかのように顔を逸らした。
・・・・・・感じ悪い。
むっとして、俺も顔を逸らす。
早く、マスターと帰りたかった。きっと、マスターも此処には長居したくないだろう。
今朝のマスターの様子を思い出して、落ち着かない気持ちになっていたら、「あっ」という声が聞こえた。
「はい?」
反射的に顔を上げたら、部屋の前に見知らぬ青年が立っている。
気弱そうな顔の小柄な青年は、俺におどおどとした視線を向けると、
「ごめんっ、なさい!」
いきなり頭を下げて、ばたばたと走り去ってしまった。
・・・・・・はい?
何事かと訝しんでいたら、今度は見覚えのある顔が覗く。
「何だ、早くも捨てられたか?」
初日に、「ソウイチ」と名乗った男性が、煙草を弄びながら言った。
「・・・マスターを待っているんです」
「へえ。あのお姫様に、お前を同席させないだけの分別があったとはね」
馬鹿にしたような口調に、苛立ちを覚える。
「マスターを侮辱するのは、やめてください」
「はっ、機械が偉そうに。どうせ、飽きたら捨てられんだろ、お前は」
「マスターは、そんなことしません」
「どうして分かる?」
目の前の男性は、火のついていない煙草をポケットにしまうと、
「お前は、アヤネのことを何も知らねえだろ?」
「知っ・・・知らない、ことも、多いですが、これだけは分かります。マスターは、とても優しい人です。貴方が言うような性格じゃありません」
「へえ、うまく猫被ってんだな」
っ!!
俺が口を開くより早く、相手は手を挙げて俺を制すると、
「まあいいや。あのわがまま姫に伝えてくれ。この世に神なんかいないってな」
「何・・・」
「いくら何でも、それぐらいできんだろ?役立たずのお人形さん」
「なっ!!」
そう言うと、男はさっさと歩き去ってしまった。
ーーーーーーーーーっ!!!
悔しいけれど、機械の俺には何もできない。
腹立ち紛れに障子を締めると、俺は畳に寝転がった。
マスター、早く迎えにこないかな。
足音が近づいてきて、障子に手が掛かる気配。
はっとして上体を起こすと、マスターが顔を覗かせた。
「行儀悪いよ、カイト」
ふふっと笑うマスターの顔を見て、急いで立ち上がる。
マスターが笑ってくれた。それだけで十分だ。
「マスター、もう帰れるんですか?」
「うん、終わったよ。待たせてごめんね」
「いえ、大丈夫です」
マスターに駆け寄ると、俺の手を握って、
「お腹空いてない?カイトにも食事の用意をしてって、言ったんだけど・・・」
「え、あ、大丈夫ですよ、俺は。飲食が可能なだけで、必須ではありませんから」
「ごめんね」
悲しそうなマスターの顔に、慌てて首を振る。
「本当に、大丈夫ですから」
「うん、ありがとう。帰ろうか」
マスターは顔を伏せ、ぽつりと付け加えた。
「・・・本家は嫌いなんだ」
マンションの部屋に上がり、暗くなった室内に明かりを灯す。
「はー、疲れた。僕、シャワー浴びてくる」
「あ、マスター」
伝言があったことを思い出し、寝室に向かうマスターに声を掛けた。
伝えるのは気が進まないけれど・・・俺が勝手に判断する訳にいかないし。
伝えるだけ伝えないと、な。
「なあに?カイトも一緒に入る?」
「え!?い、いえ!違います!!あの、えっと、ソウイチさんという方から、マスターに伝言が」
俺の言葉に、マスターの顔がさっと強ばる。
「あの人が、何?酷いことされたの?」
「え?い、いえ、あの、マスターに伝言・・・」
「聞きたくない」
くるっと背を向けて、マスターが言った。
「え、あの」
「いいよ。どうせ、ロクなこと言わないから。カイトも、あの人のことは忘れて?今日は、ナツキ姉様がいなくて、カイトは一人で待っていた。それでいいでしょう?」
「あ・・・はあ・・・」
確かに、あの人の態度は不愉快だし、マスターが嫌がっている以上、無理強いはできない。
「分かりました。すみません、引き留めてしまって」
「いいよ。その代わり、今日は寝室に来てね」
!?
「え!いや、あのっ」
「嫌なの?そんなに、僕のこと嫌い?」
悲しげに眉を寄せるマスターに、俺は慌てて、
「いいいいいえそんな!!き、嫌いになんかなりません!!!」
「ありがと。僕もカイトのこと好きだよ」
くすっと笑って、マスターは寝室に入っていった。
あー・・・うあー・・・あー・・・
マスターの元に来て一ヶ月。
この暮らしにも、大分慣れてきた。
マスターは、週に三回本家に行く。