「楽園の作り方」3
本家に行くときは、朝から元気がないので、出来ることなら行って欲しくないのだけれど、マスターは「仕方ない」と言っていた。
「僕が、此処に住む時の条件だから。仕方ないね」
このマンションは、本家の所有物で、住んでいる人は殆どいない。
「一族の人」が、時々使うのだと、マスターが教えてくれた。
何に使うのか聞いたら、「愛人とか、一晩だけの相手とか、連れ込む為だよ」と言われた。
・・・マスターが、「気にしなくていいよ」と言っていたから、気にしないことにする。
俺には、マスターがいてくれればいい。
「おはよう、カイト」
「おはようございます、マスター」
今日は、マスターが本家に行く日。
華美にならない程度に着飾った姿と、沈んだ瞳が酷く不釣り合いだった。
「マスター、今日は」
「あ、そうだ。今日は、カイト留守番ね」
!?
「え?あの、マスター?」
「今日ね、修理の人が来てくれるから。僕はいないほうがいいって言われたから、今日にしてもらったの」
「修理って・・・俺は、何処も悪くなってませんし」
マスターを一人で行かせるなんて、そんなことはしたくない。
マスターは、俺を見上げて微笑むと、
「そうだね。でも、何かあってからじゃ遅いでしょ?定期的に診てもらったほうがいいし、いざという時、一見さんは、断られることもあるみたいだから」
「でも、マスター一人で」
「大丈夫、いつも一人で行ってたんだし。今は、カイトがいなくなってしまうほうが嫌だよ」
「っ!!俺は、何があっても、マスターの側にいますから」
「ありがと。カイトが待っててくれるなら、僕は大丈夫だよ」
それ以上は時間がなくて、マスターは簡単な朝食を済ませると、迎えの車に乗っていってしまう。
残された俺は、落ち着かない気分で、洗い物を片づけていた。
インターホンが鳴り、出てみると、マスターから聞いていた修理の人だと分かる。
オートロックを外して、そわそわとリビングを歩き回っていたら、もう一度インターホンが鳴った。
ドアのレンズから確認すると、作業気姿の男性が一人立っている。
チェーンを掛けたままドアを開けると、相手は笑って、
「随分疑り深いねえ。はい、これ名刺と紹介状。君のマスターのお姉さんかな?その人からの依頼だよ」
受け取った名刺によると、ドアの外に立っている男性は、「ネコマ」というらしい。
紹介状はナツキさんからのもので、本物かどうかはよく分からないけれど、信用することにした。
「チェーンを外しますから、ちょっと待ってください」
一旦ドアを閉め、深呼吸してからチェーンを外す。
再びドアを開けると、相手は小さな鞄を手に、中に入ってきた。
これ・・・修理道具?なのかなあ?
それにしては、随分小さいような・・・。
俺の視線に気づいたネコマさんは笑って、
「ああ、マスターから聞いてない?今日は修理じゃなくて、メンテナンス。君の状態をチェックして、必要なら他の修理工を連れてくるからさ。気楽に構えててよ」
「はあ」
よく分からないけれど、相手の言う通りにしていればいいのだろう。
リビングに通すと、ネコマさんは、鞄からノートパソコンを取り出し、
「君の設定を見させてもらうねー。意識レベルを落とした方がいい?それとも、そのままする?」
「はい?ええと、あの、やりやすい方でいいですよ」
「痛いのが好きなら、そのまま繋ぐよ?もの凄く痛いけど」
くすくす笑う相手に、思わず首を横に振る。
「いいいえ、好きじゃないですから!!」
「へー。君のマスターは、女装以外はノーマルなんだ」
「え?」
「じゃ、落とすよー」
聞き返したけれど、すぐに視界が黒一色に染まっていった。