「楽園の作り方」4
「ん・・・カイト?」
「はい、ここにいます」
薄暗がりの中、マスターの顔をのぞき込むと、マスターは瞬きしてから、いきなり毛布を頭から被ってしまう。
「マスター?」
驚いて呼びかけると、マスターは目だけ毛布から出して、
「・・・寝起きの顔は変だから、見ちゃ駄目」
「ぅえっ!?あ、はいっ!」
か、可愛い・・・っ!
慌てて顔を背けると、マスターの起きあがる気配がした。
「んっ・・・少し暑いね。窓開けようか」
「え、あっ、俺が」
振り向いた時には、マスターは窓に手をかけている。
からからと静かな音が響き、冷気がそろりと頬に触れた。
「ああ、もう夜明けだね。向こうの空が明るい」
そう言って、マスターはベランダに出ていく。
俺も立ち上がって、外に出た。
街頭の灯る町並みは、ひっそりと闇に沈んでいるけれど、空の一角は、薄い紫へと色を変えている。
「ねえ、あの店、もう明かりがついてる」
マスターの指さすほうへ身を乗り出せば、確かに裏口らしきところから明かりが漏れ、人が出入りしているのが見えた。
「随分早起きですね。何の店なんでしょう」
「何だろうねえ・・・。カイト、行ってみる?」
「え?」
驚いて振り向いても、マスターは、まだ店のほうへ視線を向けたまま、
「カイトが行って・・・確かめてきて。何のお店か」
「え、あの、俺一人でですか?」
「嫌?ああ、駄目なんだっけ」
気づいたのか、マスターは、くすっと笑って、
「アンドロイド単体の外出は、許可証がいるんだったね。忘れてた」
ベランダの手すりから手を伸ばし、マスターは、じっと店の明かりを見つめる。
「カイトは僕と一緒だね。ここに閉じこめられて、何処にも行けない。誰かの許しがないと、外にも出られない」
「マスター・・・」
マスターは、不意に体ごと俺の方を向いてから、顔を上げ、
「欲しい?」
「はい?」
「外出許可証があれば、ここから出ていけるよ。僕がいなくても、カイト一人で」
「え、嫌です」
俺の言葉に、マスターは驚いた顔をする。
「どうして?」
「どうしてって・・・マスターがいないと、嫌です。俺には、マスターが必要です。俺は、あなただけのVOCALOIDですから」
マスターは、じっと俺の顔を見つめた後、ふっと笑って、
「そう・・・それじゃあ、カイトも、一緒に閉じこめられてくれる?僕と一緒に。何があっても」
「俺は、何があってもマスターの側にいます。でも、マスターは」
「ん?ふふ・・・ここもね、それほど酷い所じゃないよ。いい子でいればね、何でも手に入るし。それに、今はカイトがいるから」
白み始めた空が、急速に周囲の闇を追いやっていった。
薄明かりの中、マスターはにっこりと笑う。
「ずっと一緒にいてね、カイト。約束だよ」
「はい、マスター。約束します」
マスターは、ふと空を見上げて、
「そろそろ支度しなきゃ。今日は本家に行くから」
「あ、あの」
「うん、カイトもね。カイトも一緒に行こう。大丈夫、今はカイトがいるから」
最後は自分に言い聞かせるように、マスターは頷く。
「朝ご飯、少しでも食べないとね。中に入ろう、カイト?」
「はい、マスター」
差し出された手を取って、俺は、マスターと部屋の中に戻った。