「楽園の作り方」5
見慣れた部屋に通されて、ぼんやりとマスターを待つ。
もう、このままスリープモードに入ってしまおうか。
マスターが戻ってくるまで、どうせすることもないし。
その時、ナツキさんが、ひょいっと部屋の中をのぞき込んできた。
「あ、ナツキさ」
「ああ、いたいた。カイトさん、修理の人来たでしょう?どうだった?」
「ええ、ああ、あの、別に問題はなかったです」
「そう、それなら良かった」
ナツキさんは部屋に入ってくると、俺の隣に座る。
「変わった人だった?」
「え?」
「修理に来た人。私も知り合いに紹介してもらったから、良くは知らないのだけれど。変わった人だけれど、腕は確かだそうよ?」
「あー・・・そうですか。確かに、変わった人ですね」
「何かされたの?」
首を傾げるナツキさんに、俺は急いで、
「い、いえ。何かされた訳じゃなくて。ただ、あの、あの人、マスターのこと知ってました」
「そうなの。まあ、アヤネはあまり表に出ないけれど、知ってても不思議ではないわよ」
「え、じゃあ、マスターが男性だってことは、秘密でも何でもないんですか」
マスターは、「誰にも言わないで」って言ってたんだけどな。
ナツキさんは不思議そうな顔で、
「カイトさん、何を言ってるの?アヤネは女の子よ?」
「・・・え?」
「誰がそんなこと言ったの?」
「え、あの、マスターが」
俺の言葉に、いきなりナツキさんは吹き出した。
「やだ、カイトさんたら。アヤネにからかわれたのよ。ごめんなさいね、あの子、時々そうやって悪戯するの」
「え?あ、え?」
「もう、そんなこと真に受けるなんて。アヤネには、後でよく言っておくわ。それにしても、ふふっ、あの子が男だなんて。でも、そうね・・・」
くすくす笑いながら、意味ありげな視線を向けてくる。
「そう思わせておけば、安心かしら?カイトさんだって、男の人ですものね」
!?
「え、い、いや、あの、そんな!俺はマスターにそんなこと!!」
「ええ、分かってるわ。そうでなければ、一緒に暮らすなんて許されないでしょう?ただ、あの子は、とても綺麗な子だから」
「そ、それでも、俺は、マスターに何もしたりしませんよ」
「ええ、そうね。カイトさんは、そんなことしないわよね」
ナツキさんは笑っているけれど、俺にとっては心外なことこの上ない。
マスターにも、そう思われたんだろうか・・・。
「カイトさん、そんな顔しないで。アヤネも悪気があって言った訳じゃないのよ。ちょっとからかってみただけで」
「えっ?あ、いや」
「ごめんなさいね。あの子、ちょっと・・・変わってるから。学校にも行きたがらなくて、同年代のお友達がいないの。お父様もお母様も、あまりかまってあげられないから、きっと、カイトさんに甘えたくなったのね」
ナツキさんは、無理に微笑んで、
「カイトさん、アヤネのこと、嫌いにならないで」
「え、あっ、勿論です。俺のマスターですから」
何となく、気詰まりな空気が流れた後、ナツキさんは立ち上がって時計に目を向けた。
「あら、ごめんなさい。私、行かなくちゃいけないの。アヤネが出掛ける頃、また来るわね」
「ああ、はい」
「カイトさん、アヤネのこと、宜しくね」
そう言って、ナツキさんは頭を下げる。
俺が何か言う前に、するりと部屋を出ていった。
あ・・・あー・・・うん。
マスターがどんな人でも、俺のマスターであることに変わりはない。
それに、マスターは、俺の前では笑ってくれるから。
「カイト、お待たせ」
「マスター!」
急いで立ち上がると、マスターは笑って、
「そんなに待ち遠しかったの?ごめんね、一人にして」
「はいっ。あっ、えーと、あの、マスターに会いたかったです」
「そうなの?ぼ・・・」
言い淀んだ後、マスターは軽く首を振って、
「帰ろう、カイト。ここじゃ、話も出来ない」
「あ・・・はい」
マスターと一緒に玄関に向かうと、後ろからナツキさんの声がする。
「アヤネ、もう行くの?」
マスターが立ち止まり、振り向いた瞬間、ナツキさんがマスターの頬を平手打ちした。
!?
突然のことに、何も言えずにいたら、ナツキさんが微笑んで、
「アヤネ、駄目でしょう?カイトさんをからかっちゃ。いくらあなたが女の子だからって、許されないこともあるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
マスターは、ゆっくりと視線をナツキさんから俺に移す。
わずかに唇を開いた後、ふっと目を逸らして、
「ごめんなさい」
「ちゃんとカイトさんに謝って」
マスターは、もう一度、ゆるゆると顔をあげた。
表情のない瞳が、じっと俺を見つめる。
「ごめんなさい、カイト」
「あのっ、マスタっ」
「カイトさん、アヤネを許してあげて」
「あ、あのっ!俺はっ」
マスターは無言で身を翻すと、さっさと玄関を出て行ってしまった。
俺は、慌ててナツキさんにお辞儀してから、マスターの後を追う。
急いで車に乗り込み、ドアを閉めると、音もなく滑り出した。
「あの、マスター・・・」
躊躇いながら声を掛けると、マスターに手で制される。
マンションに着くまで、車内は重苦しい雰囲気に包まれた。
マンション前で車を降り、マスターはすぐにオートロックを外して中に入っていく。
「マスター、あの、俺、何も」
マスターは話しかけても無言で、エレベーターに乗り込み、乱暴にボタンを叩いた。
どうしていいのか分からず、俺も黙って隣に立つ。
目的の階に着くと、扉が開くのももどかしげに、マスターは、無理矢理体をねじ込ませて出ていった。
慌てて追いかけ、開けっ放しにされた玄関から部屋の中へ入る。
扉に鍵を掛け、マスターの寝室を、恐る恐るのぞき込んだ。
着替えもせず、頬を腫らしたままのマスターが、強ばった顔で目を閉じ、ベッドに横たわっている。
声を掛けたものか迷い、俺は先に、洗面所にタオルと洗面器を取りに行った。
水を張った洗面器とタオルを手に、寝室に戻る。
マスターは、先ほどと同じ体勢のままだった。
水に浸したタオルを絞り、そっとマスターの頬に当てる。
薄く目を開けたマスターが、俺の方に視線を向けた。
「・・・誰にも言わないでって言ったのに」
「えっ、あ、ご、ごめんなさいっ」
マスターは視線を天井に向けた後、ふーっと息を吐いて、
「ごめん。カイトのせいじゃないよ。僕がちゃんと話してなかったから」
「あ、あの、マスター」
「ごめんね。カイトは何も悪くないよ。ただ・・・本家の人は嫌い。父様も母様も・・・ナツキ姉様も。大体、姉じゃないし、あの人」
ふふっと笑うと、マスターは体を起こす。
「あ、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。酷いよね、顔をぶつなんて。痕が残ったら、困るのは向こうなのに。ああ、でも、その時は整形でもするのかな」
投げやりに言い放ち、マスターはクローゼットを開けた。
「マスター?」
「僕がいない間、家捜しでもされてるかと思ったけど、そんな手間をかける気はないみたい。まあ、僕はいい子にしてるからね」
背伸びして、小さな箱を取り出す。
蓋を開けると、中から説明書や保証書の束が出てきた。
もう、このままスリープモードに入ってしまおうか。
マスターが戻ってくるまで、どうせすることもないし。
その時、ナツキさんが、ひょいっと部屋の中をのぞき込んできた。
「あ、ナツキさ」
「ああ、いたいた。カイトさん、修理の人来たでしょう?どうだった?」
「ええ、ああ、あの、別に問題はなかったです」
「そう、それなら良かった」
ナツキさんは部屋に入ってくると、俺の隣に座る。
「変わった人だった?」
「え?」
「修理に来た人。私も知り合いに紹介してもらったから、良くは知らないのだけれど。変わった人だけれど、腕は確かだそうよ?」
「あー・・・そうですか。確かに、変わった人ですね」
「何かされたの?」
首を傾げるナツキさんに、俺は急いで、
「い、いえ。何かされた訳じゃなくて。ただ、あの、あの人、マスターのこと知ってました」
「そうなの。まあ、アヤネはあまり表に出ないけれど、知ってても不思議ではないわよ」
「え、じゃあ、マスターが男性だってことは、秘密でも何でもないんですか」
マスターは、「誰にも言わないで」って言ってたんだけどな。
ナツキさんは不思議そうな顔で、
「カイトさん、何を言ってるの?アヤネは女の子よ?」
「・・・え?」
「誰がそんなこと言ったの?」
「え、あの、マスターが」
俺の言葉に、いきなりナツキさんは吹き出した。
「やだ、カイトさんたら。アヤネにからかわれたのよ。ごめんなさいね、あの子、時々そうやって悪戯するの」
「え?あ、え?」
「もう、そんなこと真に受けるなんて。アヤネには、後でよく言っておくわ。それにしても、ふふっ、あの子が男だなんて。でも、そうね・・・」
くすくす笑いながら、意味ありげな視線を向けてくる。
「そう思わせておけば、安心かしら?カイトさんだって、男の人ですものね」
!?
「え、い、いや、あの、そんな!俺はマスターにそんなこと!!」
「ええ、分かってるわ。そうでなければ、一緒に暮らすなんて許されないでしょう?ただ、あの子は、とても綺麗な子だから」
「そ、それでも、俺は、マスターに何もしたりしませんよ」
「ええ、そうね。カイトさんは、そんなことしないわよね」
ナツキさんは笑っているけれど、俺にとっては心外なことこの上ない。
マスターにも、そう思われたんだろうか・・・。
「カイトさん、そんな顔しないで。アヤネも悪気があって言った訳じゃないのよ。ちょっとからかってみただけで」
「えっ?あ、いや」
「ごめんなさいね。あの子、ちょっと・・・変わってるから。学校にも行きたがらなくて、同年代のお友達がいないの。お父様もお母様も、あまりかまってあげられないから、きっと、カイトさんに甘えたくなったのね」
ナツキさんは、無理に微笑んで、
「カイトさん、アヤネのこと、嫌いにならないで」
「え、あっ、勿論です。俺のマスターですから」
何となく、気詰まりな空気が流れた後、ナツキさんは立ち上がって時計に目を向けた。
「あら、ごめんなさい。私、行かなくちゃいけないの。アヤネが出掛ける頃、また来るわね」
「ああ、はい」
「カイトさん、アヤネのこと、宜しくね」
そう言って、ナツキさんは頭を下げる。
俺が何か言う前に、するりと部屋を出ていった。
あ・・・あー・・・うん。
マスターがどんな人でも、俺のマスターであることに変わりはない。
それに、マスターは、俺の前では笑ってくれるから。
「カイト、お待たせ」
「マスター!」
急いで立ち上がると、マスターは笑って、
「そんなに待ち遠しかったの?ごめんね、一人にして」
「はいっ。あっ、えーと、あの、マスターに会いたかったです」
「そうなの?ぼ・・・」
言い淀んだ後、マスターは軽く首を振って、
「帰ろう、カイト。ここじゃ、話も出来ない」
「あ・・・はい」
マスターと一緒に玄関に向かうと、後ろからナツキさんの声がする。
「アヤネ、もう行くの?」
マスターが立ち止まり、振り向いた瞬間、ナツキさんがマスターの頬を平手打ちした。
!?
突然のことに、何も言えずにいたら、ナツキさんが微笑んで、
「アヤネ、駄目でしょう?カイトさんをからかっちゃ。いくらあなたが女の子だからって、許されないこともあるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
マスターは、ゆっくりと視線をナツキさんから俺に移す。
わずかに唇を開いた後、ふっと目を逸らして、
「ごめんなさい」
「ちゃんとカイトさんに謝って」
マスターは、もう一度、ゆるゆると顔をあげた。
表情のない瞳が、じっと俺を見つめる。
「ごめんなさい、カイト」
「あのっ、マスタっ」
「カイトさん、アヤネを許してあげて」
「あ、あのっ!俺はっ」
マスターは無言で身を翻すと、さっさと玄関を出て行ってしまった。
俺は、慌ててナツキさんにお辞儀してから、マスターの後を追う。
急いで車に乗り込み、ドアを閉めると、音もなく滑り出した。
「あの、マスター・・・」
躊躇いながら声を掛けると、マスターに手で制される。
マンションに着くまで、車内は重苦しい雰囲気に包まれた。
マンション前で車を降り、マスターはすぐにオートロックを外して中に入っていく。
「マスター、あの、俺、何も」
マスターは話しかけても無言で、エレベーターに乗り込み、乱暴にボタンを叩いた。
どうしていいのか分からず、俺も黙って隣に立つ。
目的の階に着くと、扉が開くのももどかしげに、マスターは、無理矢理体をねじ込ませて出ていった。
慌てて追いかけ、開けっ放しにされた玄関から部屋の中へ入る。
扉に鍵を掛け、マスターの寝室を、恐る恐るのぞき込んだ。
着替えもせず、頬を腫らしたままのマスターが、強ばった顔で目を閉じ、ベッドに横たわっている。
声を掛けたものか迷い、俺は先に、洗面所にタオルと洗面器を取りに行った。
水を張った洗面器とタオルを手に、寝室に戻る。
マスターは、先ほどと同じ体勢のままだった。
水に浸したタオルを絞り、そっとマスターの頬に当てる。
薄く目を開けたマスターが、俺の方に視線を向けた。
「・・・誰にも言わないでって言ったのに」
「えっ、あ、ご、ごめんなさいっ」
マスターは視線を天井に向けた後、ふーっと息を吐いて、
「ごめん。カイトのせいじゃないよ。僕がちゃんと話してなかったから」
「あ、あの、マスター」
「ごめんね。カイトは何も悪くないよ。ただ・・・本家の人は嫌い。父様も母様も・・・ナツキ姉様も。大体、姉じゃないし、あの人」
ふふっと笑うと、マスターは体を起こす。
「あ、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。酷いよね、顔をぶつなんて。痕が残ったら、困るのは向こうなのに。ああ、でも、その時は整形でもするのかな」
投げやりに言い放ち、マスターはクローゼットを開けた。
「マスター?」
「僕がいない間、家捜しでもされてるかと思ったけど、そんな手間をかける気はないみたい。まあ、僕はいい子にしてるからね」
背伸びして、小さな箱を取り出す。
蓋を開けると、中から説明書や保証書の束が出てきた。