「楽園の作り方」5
束を乱暴に取り除けると、一枚の写真を差し出す。
「これ、見て」
「え、あの、これ・・・」
そこに写っているのは、一人の女性と幼い少年。
後ろにはどこかの学校らしき門と、桜の木が写っていた。
スーツ姿の女性が、微笑みながら少年の肩に手を添えている。
幼いけれど、その少年は確かに、マスターの面影を残していた。
「この子・・・マスターですか?」
マスターが、無言で写真を裏に返す。
裏には、黒いペンで、「ユタカ 小学校入学式」と書いてあった。
「ユタカ・・・?」
「「ヤマキ ユタカ」。それが僕の本名。一緒に写ってるのは、僕のお母さん」
「え・・・?」
理解できなくて、マスターの顔をまじまじと見つめる。
マスターは、悲しげに微笑んで、
「僕は「タカハマ アヤネ」じゃない。アヤネは、二年前の事故で亡くなってる。僕は、アヤネの身代わりなんだ」
・・・え?
「で、でも、あの、登録されてるのは」
「うん、カイトのマスターはアヤネだね。16歳、女性。戸籍もそうなってる。ユタカは14歳、男性。入れ替えたんだよ、アヤネとユタカを」
「・・・・・・え?」
もう一度、写真を見た。
写っているのは、確かに幼い頃のマスターで、隣にいる女性と顔立ちが似ている。
ナツキさんよりも・・・この人の方が、マスターに似ている。
この人が、マスターのお母さん・・・。
ふと、箱の中に残った写真に目がいった。
もう少し幼い頃のマスターが、男性の膝に乗せられている。目の前にあるバースデーケーキには、ロウソクが4本立てられていた。
「あ、じゃあ、この人がお父さ」
「違うよ」
マスターは、すっと写真を裏返す。
そこには、同じ文字で、「ユタカ 4歳の誕生日」と書かれていた。
「僕のお父さんはお祖父様。僕のお母さんは、お祖父様の愛人だから」
「え・・・あ、えっ?」
思わず手元の写真を見返した。
写っている女性は、20代前半くらいだろうか。
「年齢差幾つだっけ。40とか50とか、まあそのくらい。お祖父様って、女性には苦労したことないらしいよ」
マスターは、淡々と言ってのける。
「いや・・・あの・・・はあ・・・」
こんなに綺麗な人なのに・・・。
それほど魅力があるのだろうか、マスターのお祖父さん、いや、お父さん?
「まあ、お金もあるしね。僕らも、本家からの手当で暮らしてたし。その代わり、認知もしないし、本家とは一切関わらない約束だったんだ。アヤネが・・・アヤネが、あの事故に遭わなければ」
マスターは、ぐっと拳を握りしめた。
「それは、どういう・・・」
「無謀な馬鹿が、無免許、飲酒、速度超過で山道を運転して、カーブを曲がりきれずに横転。そのまま崖下に落ちて炎上。運転手含めて全員死亡。アヤネはその頃、質の悪い友達と遊んでたみたいでね」
マスターは肩を竦めて、
「本家でも、随分手を焼いてたみたい。だから、アヤネが事故に遭っても、悲しんだ人はいないんじゃないかな。むしろ、ホッとしたんじゃない?ただね、ただ・・・」
そこで、言葉が途切れる。
マスターの言い淀む様子に、俺も辛くなって、
「マスター、あの、無理には」
「ううん。ちゃんと説明しないとね。・・・アヤネには許嫁がいてね。その結婚が駄目になると、色々困るんだ・・・本家が。だから、だから・・・・・・事故に遭ったのはユタカで、死んだのはユタカのほう。アヤネはユタカとして葬られ、僕は、アヤネとして本家に連れてこられた」
「なっ!何でそんな!そんな無茶な!!」
あまりことに声を上げると、マスターが首を振って、
「他に、年の近い子供がいなかったんだよね。アヤネの身代わりになれる子が、さ。だから、僕は売られたの。お母さんは、大金を貰って、別の男に走ったんだって」
「そんな・・・」
マスターは、ふっと笑うと、
「と、本家の人は言ってるけどね。僕は信じない。本家の人は、みんな嘘つきだからね。ただ、僕が言うことを聞かないと、お母さんが酷い目に遭わされる。それだけは、確かだから。だから、僕は、ずっといい子でいるんだよ」
「だ、だけどっ、マスターとその、アヤネさんは、性別が違うし」
「そうだね。でも、そんなこと、本家には関係ないんだ。大切なのは、この縁談がまとまること。その為にはね、どんなことでもするよ」
「でも・・・・・・でも、誰かが」
「誰か、なんていない。みんな、タカハマ家に関係ある人。事件でもないし、遺体の損傷も激しいし、ちょっとした取り違いがあっただけ。それに、誰も気づかなかっただけ」
「そんな・・・・・・」
「まあ、結婚と言ったって、戸籍上だけのものだしね。子供は、向こうが愛人でも作ればいいんじゃない?それで、言うこと聞く代わりに、KAITOが欲しいって言ったの。僕一人じゃ、心細いでしょ?」
そう言って笑う顔は、いつものマスターだった。
「だからね、ここは楽園、エデンの園なんだ。お祖父様が神様で、神様に逆らわなければ、幸せに暮らせる。外に出ていく必要なんてない・・・カイトがいてくれれば」
「マスター、俺は」
「側にいてね、カイト。ずっと一緒に」
「分かりました」
俺は、マスターの手を取ると、ぎゅっと握りしめる。
「何があっても、どんなことが起きても、側にいます。約束します、マスター。俺は、あなただけのVOCALOIDです」