「楽園の作り方」6
「カイト、おはよう」
「おはようございます。って、もうこんな時間ですか!?」
「寝すぎて逆に眠いー・・・」
部屋着姿のマスターが、うーっと伸びをする。
「カイト、パンとご飯と麺、どれがいい?」
「マスターの食べたいもので」
「レトルトでいいよね。今から作るの面倒くさい」
マスターはここしばらく、本家に行っていない。
「商売道具に傷つけられたんだから、このくらいの我がままは聞いて貰わないとね」と、笑っていた。
俺も本家は嫌いだし、マスターが行かないでいてくれて、ほっとしている。
あんな話を聞いたら、尚更マスターには行って欲しくない。
やることが滅茶苦茶すぎる。家同士の取り決めの為に、マスターの人生を犠牲にするなんて・・・。
「カイトー、コップ出してー」
「あ、はい」
お湯を沸かすマスターの横で、コップと皿を取り出した。
食事の後は、歌の練習。
マスターの教えてくれる、古い映画の歌は、マスターのお母さんが好きだったのではないだろうか。
はっきり聞いた訳ではないけれど。
「今のところ、もう少し高いんじゃない?」
「あ、はい」
マスターの声に合わせて、声を出した。
この歌をちゃんと歌えるようになったら、マスターはお母さんと暮らせるようになるかな。
あり得ないと分かっていても、考えてしまう。
マスターには、誰よりも幸せになって欲しいから。
「ここは、はっきり区切るように、ね」
「はい、マスター」
この歌をちゃんと歌えるようになったら、マスターのお母さんは喜んでくれるだろうか。
そうやって、二週間が過ぎた頃、夕方、マスターとテレビを見ていたら、電話が鳴った。
「いいよ、僕が出るから」
立ち上がろうとした俺を手で制して、マスターは受話器を取り上げる。
「はい。・・・ああ、ナツキ姉様」
ぎょっとして顔を上げるが、マスターは無表情で受話器を耳に当てていた。
「ええ・・・はい・・・そうですか・・・分かりました。はい、ナツキ姉様も。失礼します」
静かに電話を切ったマスターは、俺の方に苦笑してみせると、
「ナツキ姉様。いい加減、本家に顔見せろって。うるさいねー、本当に」
「えっ・・・」
「まあ、そろそろ行かないと、まずいかもね。もー、面倒くさい。僕、先にお風呂入ってくるね」
「あ、はい。あ、マスター、着替え」
「ちゃんと持ってくから大丈夫ー」
とてとてと寝室に向かうマスターを見送って、俺はソファーに腰を下ろす。
本家には行って欲しくない。
けれど、言うことを聞かないと、マスターのお母さんが・・・
俺に出来るのは、マスターの側にいること。
何があっても、それだけは守ると、微かなシャワー音に耳を傾けながら、自分に言い聞かせた。
「・・・遅い」
時計を見上げて呟く。
大体長風呂だけれど、幾ら何でも時間が掛かりすぎていた。
まさか、入浴中に何かあったんじゃ。
声も出せない状況だったらまずいと、立ち上がりかけた時、不意に部屋の電気が消される。
「うぇ!?」
驚いて振り向けば、常夜灯の中、マスターが部屋気姿で立っていた。
「ああああマスター!驚かさないでください!!」
けれど、マスターは、何も言わずにこちらに近づいてくる。
「マスター?あ、髪を乾かさないと」
手を伸ばしたけれど、マスターは構わず俺に抱きついてきた。
!?
ぐっと胸を押され、気がついたら視界に天井が映る。
ソファーに仰向けに倒れたのだと気づいた時、マスターが俺の顔をのぞき込んだ。
「ねえ、カイトは、僕のこと好き?」
「えっ・・・あ、あの、好き、です」
「僕も好きだよ。カイトのことが好き。だから、キスしよう?」
「は!?ちょっ、マスター!?」
体を起こそうとしても、マスターの手で押し返される。
「嫌?」
「あ、あの!そういうことじゃなくて!!俺は男で!!」
「僕、カイトのことが好きだよ?それじゃ駄目?」
ぐいっと、マスターが顔を近づけてきた。
さらさらと髪が流れ、マスターの顔を覆う。
「カイトに、側にいて欲しいんだよ。だから」
「マスター・・・」
両手を伸ばして、マスターの頬に触れた。
ひんやりと柔らかな感触。
「泣いていたのですか?」
顔を覆う髪をかきあげ、薄暗がりに潤む目を見つめる。
「シャワーの音、随分長く聞こえて・・・。もしかして、ずっと、泣いていたのですか?」
マスターは、無言で俺を見つめ返した後、ふっと微笑み、
「だって、そうしないと、カイトに聞こえちゃうでしょう?」
!!
マスターの体に腕を回して、きつく抱きしめた。
「そんなことしなくても、俺は側にいます。何があっても、あなたの側にいますから。絶対に、離れたりしませんから」
「・・・うん」
ぎゅっと俺の服を掴むと、マスターは顔を押しつけてくる。
「カイト・・・ごめんね」
くぐもった声で呟くマスターの髪を撫でながら、
「大丈夫ですから。俺が、側にいますから」
何度も何度も繰り返した。
泣き疲れて眠ってしまったマスターを起こさないよう、ソファーに横たえる。
寝室から毛布を持ってきて体に掛けると、気をつけながらキッチンに向かった。
一般常識としての知識はあるけど・・・マスターの口に合うように作れるだろうか。
歌以外にも、マスターの役に立ちたい。
マスターに、少しでも喜んでもらいたい。
少しでも、マスターに笑って欲しい。
その為に、出来ることは何でもしよう。
音を立てないよう、そっと冷蔵庫を開けた。
明け方近く、マスターは身じろぎして目を覚ます。
隣に座っている俺を、上目で確認して、
「おはよー・・・何時?」
「おはようございます。4時前ですね」
「うわっ・・・お腹空く訳だね。夕飯食べ損ねた」
「あ、あの、ご飯、作りました・・・けど」
ごそごそと毛布を手繰り寄せるマスターに、思い切って言った。
マスターは、じっと俺の方を見て、
「カイトが?」
「あー・・・はい。あの、大したものは作れないんです、が」
「いいよ、そんなこと。ありがとう、嬉しい」
「い、いえ、そんな。あ、テーブルに座ってください。俺がやりますから・・・」
マスターはテーブルに座ってもらい、俺はキッチンに立つ。
スープを温め直し、冷蔵庫からサンドイッチとサラダを取り出した。
お湯を沸かしてコーヒーを入れ、牛乳で割る。
「あの、どうぞ」
「ありがとう。凄いね、美味しそう」
テーブルに並べると、マスターは嬉しそうに笑った。
「あ、あの、すみません、このくらいしか作れなくて・・・」
「十分だよ。嬉しいな、家にいた頃みたい」
「え、あっ」
マスターは微笑みを浮かべて、
「カイトは、ずっと一緒にいてね」
「はい・・・はい、マスター。約束します」
何があっても、あなたの側にいると。
それからも、マスターが本家に行く気配はなく。
俺も、聞くのが躊躇われて、そのことには触れなかった。
このまま、行かないでいてくれればいいのに。
「ねえ、カイトー。次はこれがいい」
料理本から顔をあげたマスターが、レシピを指さす。
「おはようございます。って、もうこんな時間ですか!?」
「寝すぎて逆に眠いー・・・」
部屋着姿のマスターが、うーっと伸びをする。
「カイト、パンとご飯と麺、どれがいい?」
「マスターの食べたいもので」
「レトルトでいいよね。今から作るの面倒くさい」
マスターはここしばらく、本家に行っていない。
「商売道具に傷つけられたんだから、このくらいの我がままは聞いて貰わないとね」と、笑っていた。
俺も本家は嫌いだし、マスターが行かないでいてくれて、ほっとしている。
あんな話を聞いたら、尚更マスターには行って欲しくない。
やることが滅茶苦茶すぎる。家同士の取り決めの為に、マスターの人生を犠牲にするなんて・・・。
「カイトー、コップ出してー」
「あ、はい」
お湯を沸かすマスターの横で、コップと皿を取り出した。
食事の後は、歌の練習。
マスターの教えてくれる、古い映画の歌は、マスターのお母さんが好きだったのではないだろうか。
はっきり聞いた訳ではないけれど。
「今のところ、もう少し高いんじゃない?」
「あ、はい」
マスターの声に合わせて、声を出した。
この歌をちゃんと歌えるようになったら、マスターはお母さんと暮らせるようになるかな。
あり得ないと分かっていても、考えてしまう。
マスターには、誰よりも幸せになって欲しいから。
「ここは、はっきり区切るように、ね」
「はい、マスター」
この歌をちゃんと歌えるようになったら、マスターのお母さんは喜んでくれるだろうか。
そうやって、二週間が過ぎた頃、夕方、マスターとテレビを見ていたら、電話が鳴った。
「いいよ、僕が出るから」
立ち上がろうとした俺を手で制して、マスターは受話器を取り上げる。
「はい。・・・ああ、ナツキ姉様」
ぎょっとして顔を上げるが、マスターは無表情で受話器を耳に当てていた。
「ええ・・・はい・・・そうですか・・・分かりました。はい、ナツキ姉様も。失礼します」
静かに電話を切ったマスターは、俺の方に苦笑してみせると、
「ナツキ姉様。いい加減、本家に顔見せろって。うるさいねー、本当に」
「えっ・・・」
「まあ、そろそろ行かないと、まずいかもね。もー、面倒くさい。僕、先にお風呂入ってくるね」
「あ、はい。あ、マスター、着替え」
「ちゃんと持ってくから大丈夫ー」
とてとてと寝室に向かうマスターを見送って、俺はソファーに腰を下ろす。
本家には行って欲しくない。
けれど、言うことを聞かないと、マスターのお母さんが・・・
俺に出来るのは、マスターの側にいること。
何があっても、それだけは守ると、微かなシャワー音に耳を傾けながら、自分に言い聞かせた。
「・・・遅い」
時計を見上げて呟く。
大体長風呂だけれど、幾ら何でも時間が掛かりすぎていた。
まさか、入浴中に何かあったんじゃ。
声も出せない状況だったらまずいと、立ち上がりかけた時、不意に部屋の電気が消される。
「うぇ!?」
驚いて振り向けば、常夜灯の中、マスターが部屋気姿で立っていた。
「ああああマスター!驚かさないでください!!」
けれど、マスターは、何も言わずにこちらに近づいてくる。
「マスター?あ、髪を乾かさないと」
手を伸ばしたけれど、マスターは構わず俺に抱きついてきた。
!?
ぐっと胸を押され、気がついたら視界に天井が映る。
ソファーに仰向けに倒れたのだと気づいた時、マスターが俺の顔をのぞき込んだ。
「ねえ、カイトは、僕のこと好き?」
「えっ・・・あ、あの、好き、です」
「僕も好きだよ。カイトのことが好き。だから、キスしよう?」
「は!?ちょっ、マスター!?」
体を起こそうとしても、マスターの手で押し返される。
「嫌?」
「あ、あの!そういうことじゃなくて!!俺は男で!!」
「僕、カイトのことが好きだよ?それじゃ駄目?」
ぐいっと、マスターが顔を近づけてきた。
さらさらと髪が流れ、マスターの顔を覆う。
「カイトに、側にいて欲しいんだよ。だから」
「マスター・・・」
両手を伸ばして、マスターの頬に触れた。
ひんやりと柔らかな感触。
「泣いていたのですか?」
顔を覆う髪をかきあげ、薄暗がりに潤む目を見つめる。
「シャワーの音、随分長く聞こえて・・・。もしかして、ずっと、泣いていたのですか?」
マスターは、無言で俺を見つめ返した後、ふっと微笑み、
「だって、そうしないと、カイトに聞こえちゃうでしょう?」
!!
マスターの体に腕を回して、きつく抱きしめた。
「そんなことしなくても、俺は側にいます。何があっても、あなたの側にいますから。絶対に、離れたりしませんから」
「・・・うん」
ぎゅっと俺の服を掴むと、マスターは顔を押しつけてくる。
「カイト・・・ごめんね」
くぐもった声で呟くマスターの髪を撫でながら、
「大丈夫ですから。俺が、側にいますから」
何度も何度も繰り返した。
泣き疲れて眠ってしまったマスターを起こさないよう、ソファーに横たえる。
寝室から毛布を持ってきて体に掛けると、気をつけながらキッチンに向かった。
一般常識としての知識はあるけど・・・マスターの口に合うように作れるだろうか。
歌以外にも、マスターの役に立ちたい。
マスターに、少しでも喜んでもらいたい。
少しでも、マスターに笑って欲しい。
その為に、出来ることは何でもしよう。
音を立てないよう、そっと冷蔵庫を開けた。
明け方近く、マスターは身じろぎして目を覚ます。
隣に座っている俺を、上目で確認して、
「おはよー・・・何時?」
「おはようございます。4時前ですね」
「うわっ・・・お腹空く訳だね。夕飯食べ損ねた」
「あ、あの、ご飯、作りました・・・けど」
ごそごそと毛布を手繰り寄せるマスターに、思い切って言った。
マスターは、じっと俺の方を見て、
「カイトが?」
「あー・・・はい。あの、大したものは作れないんです、が」
「いいよ、そんなこと。ありがとう、嬉しい」
「い、いえ、そんな。あ、テーブルに座ってください。俺がやりますから・・・」
マスターはテーブルに座ってもらい、俺はキッチンに立つ。
スープを温め直し、冷蔵庫からサンドイッチとサラダを取り出した。
お湯を沸かしてコーヒーを入れ、牛乳で割る。
「あの、どうぞ」
「ありがとう。凄いね、美味しそう」
テーブルに並べると、マスターは嬉しそうに笑った。
「あ、あの、すみません、このくらいしか作れなくて・・・」
「十分だよ。嬉しいな、家にいた頃みたい」
「え、あっ」
マスターは微笑みを浮かべて、
「カイトは、ずっと一緒にいてね」
「はい・・・はい、マスター。約束します」
何があっても、あなたの側にいると。
それからも、マスターが本家に行く気配はなく。
俺も、聞くのが躊躇われて、そのことには触れなかった。
このまま、行かないでいてくれればいいのに。
「ねえ、カイトー。次はこれがいい」
料理本から顔をあげたマスターが、レシピを指さす。