「楽園の作り方」7
前回と同じようにインターホンが鳴り、ネコマさんがやってきた。
「久しぶりだね。その後、不具合は出てない?」
「あー、はい。何もないです」
体をずらして、ネコマさんを中に入れようとしたら、にこにこ笑いながら手を振って、
「いやいや、僕、この後仕事あるからねー♪ゆっくりしてられないんだ」
「え?はあ」
「じゃ、行こうか♪」
「はい?」
手招きされても、相手が何をしたいのか分からない。
ネコマさんは笑顔のまま、
「やっぱり聞いてないかー。まあ、そうすんなり行かないよね」
「え?あのっ、うわっ!」
いきなり手首を掴まれたと思ったら、背中に腕を回され、そのままひざまづかされた。
「なっ!何ですかいきなり!!」
「んー?君のマスターからの依頼でね。君を廃棄するから、引き取ってくれって」
え?
「何言ってんですか!マスターは、そんなことお願いしません!!」
「そう。マスター本人から連絡もらったんだけどね。まあ、どうでもいいよ。僕と一緒に来てね♪」
「嫌です!離してください!」
ふりほどこうとしても、背後に回っているネコマさんは、びくともしない。
「あんまり動かない方がいいよー。無駄に痛いだけだから♪大体、君はヒトを傷つけられない」
「そんなこ・・・・・・っ!!」
肩に走る痛みに、顔をしかめた。
「あのね、君程度の性能だと、暴力衝動が無効化されてる。だから、わああああああ!!いったあああい!!」
「えっ!?あ、ご、ごめんなさい!」
いきなり悲鳴を上げられ、驚いて動きを止める。
ネコマさんは、後ろから俺の顔をのぞき込むと、
「ほら、ね?動けなくなる。君は人間を傷つけられない。そういう風に作られてるから。諦めて、一緒においで」
「い、嫌です!マスターは」
「そのマスターからの依頼だって言ってるのに。分からない子だねぇ。僕、次の仕事があるんだってば」
「嫌です!」
そうは言っても、掴まれてる腕に何故か力が入らなかった。
もがくことは出来るけれど、ネコマさんを押し返すことができない。
「無理だよ。僕を傷つける危険があると、君のシステムが判断した。だからもう、これ以上の抵抗は出来ない。おとなしく一緒においで。大丈夫だよ、スクラップにする訳じゃなから。君のマスターからも、『引き取り先を探しておいてください』って言われてるからね」
「マスターは・・・・・・マスターは、絶対にそんなこと言いません!それに、約束したんです。何があっても、側にいると」
「そう。約束、かあ」
ネコマさんは首を傾げて、
「それ、僕に関係ある?」
「え?あの」
「あ、そろそろ行かないと。ほら、おいで♪」
ぐいっと腕を引かれ、無理矢理立たされた。
「心配しなくても、君の引き取り先は決まってるから。安心してついておいで♪」
「だから!」
「『マスターと約束してる』んでしょ?もう、しょうがないなあ。だったら、これだけ教えてあげる」
ネコマさんはそう言うと、いきなり俺の体を反転させて、室内に向ける。
「ここは、君のマスターにとって楽園なの。そうだね?神様に逆らわなければ、幸せでいられる場所。でもね」
ふふっとネコマさんは笑うと、
「楽園に蛇は付き物だよ?さあ、おいで。君に知恵の実をあげる♪」
強引に一階のホールまで連れて行かれたが、そのまま玄関に向かわず、裏口へと歩かされた。
「あの、何処に」
「んー?玄関から出てもいいんだけどー、この方が雰囲気出るでしょ?」
くすくす笑いながら、ネコマさんは俺を歩かせる。
マンションの裏手に出ると、右側から車がやってきた。
足を止めてやり過ごそうとしたら、減速した車が目の前で止まる。
「じゃあねー♪カイト君、頑張って♪」
「え?うわっ!!」
ネコマさんは車のドアを開けると同時に、俺を後部座席に突き飛ばした。
おもいっきり倒れ込んだ背後で、勢いよくドアが閉められる。
起きあがろうとしたとき、車がスピードを上げて発進した為、また座席に押しつけられた。
「いったた・・・・・・」
「どこかぶつけたか?」
顔を上げると、バックミラーに見たことのある顔が映る。
「えっ!?あっ!!あなたはっ!」
「ソウイチ」
「な、何で!何であなたがいるんですか!?一体どういう」
「アヤネと離れたくないんだろ?」
問われて、とっさに頷く。
ソウイチさんは、ミラー越しに俺を見ると、
「だったら、アヤネをーーユタカを、助けてやってくれ」
「え?」
驚いて、顔を上げた。
鏡越しに見える顔は、口元を歪めて笑うと、
「おかしいだろ?俺は本家と仲が悪い。特にアヤネのことは気に入らない。そう周りに思わせておかないと、あの子が何をされるか、分からなかった」
「マスター、に?何故?」
「俺が、ユタカを知っているから。あの子の母親を知っているから。ユタカはもの凄く頭が良くてーー爺さんに似たんだろうなーー優しい子だ。俺の身を案じて、自分から遠ざけようとした。お互い、相手を人質に取られたようなもんだ」
「そんな。マスターはそんなこと、一言も」
「巻き込みたくなかったんだろうな。だから、お前を手放した」
「だからって・・・・・・あっ!!」
突然、鏡に映る顔に見覚えがあることに思い至り、声を上げる。
写真。
あの時の、写真に写っていたのは。
「どうした?」
「あ、あのっ!写真!マスターが、子供の頃の」
「写真?持っていたのか?」
「見せてもらいました。誕生日の、あ、見せてもらったのは、入学式のなんですけど、あの、マスターが4歳の時の、誕生日の・・・・・・あなたと、一緒に写っていました」
一瞬、鏡の中の顔が俯いた。
唇が震え、ただ一言、「そうか」と吐き出す。
「あの・・・・・・あの、マスターのお母さんは、今どこに」
「聞くな」
「でも」
「何も聞くな。何も言うな。あの子にとって、唯一の希望、心の支えなんだ。これ以上、奪わないでくれ」
その意味に気が付いて、不意に周囲から音が消えた。
『だから、僕は、ずっといい子でいるんだよ』
マスターの言葉だけが、耳の奥で鳴り響く。
視界がぼやけ、頬を伝う涙が、ぱたりと膝に落ちた。
「アヤネは、俺の言うことは聞かない。けれど、お前ならきっと、あの子を助け出せる。だから、頼む」
「はい」
それだけ言うのが精一杯で、後はただ、目を閉じて手のひらを握りしめる。
マスター、マスター。
俺は、約束を守ります。
何があっても、あなたの側にいます。
俺が、あなたを守ります。
連れて行かれたのは、都心の高級そうなホテル。
ソウイチさんは、車の鍵をホテルの人に渡すと、さっさと中に入っていった。
慌ててついていくと、すぐに制服を着た人に止められる。
「タカハマ様、こちらは・・・・・・」
「いいんだ。俺が連れてきた」
「ですが」
ソウイチさんは、うるさそうに手を振ると、
「爺の気まぐれだ。嘘だと思うんなら、本人に聞いてみろよ。あんたの馬鹿息子がこう言ってますが、本当ですか?ってな」
その言葉に、相手の人が視線を逸らした。
「いえ、そのようなことは」
「気にすんな。あんたは止めた。俺は聞く耳を持たなかった。それだけのことだ」
「久しぶりだね。その後、不具合は出てない?」
「あー、はい。何もないです」
体をずらして、ネコマさんを中に入れようとしたら、にこにこ笑いながら手を振って、
「いやいや、僕、この後仕事あるからねー♪ゆっくりしてられないんだ」
「え?はあ」
「じゃ、行こうか♪」
「はい?」
手招きされても、相手が何をしたいのか分からない。
ネコマさんは笑顔のまま、
「やっぱり聞いてないかー。まあ、そうすんなり行かないよね」
「え?あのっ、うわっ!」
いきなり手首を掴まれたと思ったら、背中に腕を回され、そのままひざまづかされた。
「なっ!何ですかいきなり!!」
「んー?君のマスターからの依頼でね。君を廃棄するから、引き取ってくれって」
え?
「何言ってんですか!マスターは、そんなことお願いしません!!」
「そう。マスター本人から連絡もらったんだけどね。まあ、どうでもいいよ。僕と一緒に来てね♪」
「嫌です!離してください!」
ふりほどこうとしても、背後に回っているネコマさんは、びくともしない。
「あんまり動かない方がいいよー。無駄に痛いだけだから♪大体、君はヒトを傷つけられない」
「そんなこ・・・・・・っ!!」
肩に走る痛みに、顔をしかめた。
「あのね、君程度の性能だと、暴力衝動が無効化されてる。だから、わああああああ!!いったあああい!!」
「えっ!?あ、ご、ごめんなさい!」
いきなり悲鳴を上げられ、驚いて動きを止める。
ネコマさんは、後ろから俺の顔をのぞき込むと、
「ほら、ね?動けなくなる。君は人間を傷つけられない。そういう風に作られてるから。諦めて、一緒においで」
「い、嫌です!マスターは」
「そのマスターからの依頼だって言ってるのに。分からない子だねぇ。僕、次の仕事があるんだってば」
「嫌です!」
そうは言っても、掴まれてる腕に何故か力が入らなかった。
もがくことは出来るけれど、ネコマさんを押し返すことができない。
「無理だよ。僕を傷つける危険があると、君のシステムが判断した。だからもう、これ以上の抵抗は出来ない。おとなしく一緒においで。大丈夫だよ、スクラップにする訳じゃなから。君のマスターからも、『引き取り先を探しておいてください』って言われてるからね」
「マスターは・・・・・・マスターは、絶対にそんなこと言いません!それに、約束したんです。何があっても、側にいると」
「そう。約束、かあ」
ネコマさんは首を傾げて、
「それ、僕に関係ある?」
「え?あの」
「あ、そろそろ行かないと。ほら、おいで♪」
ぐいっと腕を引かれ、無理矢理立たされた。
「心配しなくても、君の引き取り先は決まってるから。安心してついておいで♪」
「だから!」
「『マスターと約束してる』んでしょ?もう、しょうがないなあ。だったら、これだけ教えてあげる」
ネコマさんはそう言うと、いきなり俺の体を反転させて、室内に向ける。
「ここは、君のマスターにとって楽園なの。そうだね?神様に逆らわなければ、幸せでいられる場所。でもね」
ふふっとネコマさんは笑うと、
「楽園に蛇は付き物だよ?さあ、おいで。君に知恵の実をあげる♪」
強引に一階のホールまで連れて行かれたが、そのまま玄関に向かわず、裏口へと歩かされた。
「あの、何処に」
「んー?玄関から出てもいいんだけどー、この方が雰囲気出るでしょ?」
くすくす笑いながら、ネコマさんは俺を歩かせる。
マンションの裏手に出ると、右側から車がやってきた。
足を止めてやり過ごそうとしたら、減速した車が目の前で止まる。
「じゃあねー♪カイト君、頑張って♪」
「え?うわっ!!」
ネコマさんは車のドアを開けると同時に、俺を後部座席に突き飛ばした。
おもいっきり倒れ込んだ背後で、勢いよくドアが閉められる。
起きあがろうとしたとき、車がスピードを上げて発進した為、また座席に押しつけられた。
「いったた・・・・・・」
「どこかぶつけたか?」
顔を上げると、バックミラーに見たことのある顔が映る。
「えっ!?あっ!!あなたはっ!」
「ソウイチ」
「な、何で!何であなたがいるんですか!?一体どういう」
「アヤネと離れたくないんだろ?」
問われて、とっさに頷く。
ソウイチさんは、ミラー越しに俺を見ると、
「だったら、アヤネをーーユタカを、助けてやってくれ」
「え?」
驚いて、顔を上げた。
鏡越しに見える顔は、口元を歪めて笑うと、
「おかしいだろ?俺は本家と仲が悪い。特にアヤネのことは気に入らない。そう周りに思わせておかないと、あの子が何をされるか、分からなかった」
「マスター、に?何故?」
「俺が、ユタカを知っているから。あの子の母親を知っているから。ユタカはもの凄く頭が良くてーー爺さんに似たんだろうなーー優しい子だ。俺の身を案じて、自分から遠ざけようとした。お互い、相手を人質に取られたようなもんだ」
「そんな。マスターはそんなこと、一言も」
「巻き込みたくなかったんだろうな。だから、お前を手放した」
「だからって・・・・・・あっ!!」
突然、鏡に映る顔に見覚えがあることに思い至り、声を上げる。
写真。
あの時の、写真に写っていたのは。
「どうした?」
「あ、あのっ!写真!マスターが、子供の頃の」
「写真?持っていたのか?」
「見せてもらいました。誕生日の、あ、見せてもらったのは、入学式のなんですけど、あの、マスターが4歳の時の、誕生日の・・・・・・あなたと、一緒に写っていました」
一瞬、鏡の中の顔が俯いた。
唇が震え、ただ一言、「そうか」と吐き出す。
「あの・・・・・・あの、マスターのお母さんは、今どこに」
「聞くな」
「でも」
「何も聞くな。何も言うな。あの子にとって、唯一の希望、心の支えなんだ。これ以上、奪わないでくれ」
その意味に気が付いて、不意に周囲から音が消えた。
『だから、僕は、ずっといい子でいるんだよ』
マスターの言葉だけが、耳の奥で鳴り響く。
視界がぼやけ、頬を伝う涙が、ぱたりと膝に落ちた。
「アヤネは、俺の言うことは聞かない。けれど、お前ならきっと、あの子を助け出せる。だから、頼む」
「はい」
それだけ言うのが精一杯で、後はただ、目を閉じて手のひらを握りしめる。
マスター、マスター。
俺は、約束を守ります。
何があっても、あなたの側にいます。
俺が、あなたを守ります。
連れて行かれたのは、都心の高級そうなホテル。
ソウイチさんは、車の鍵をホテルの人に渡すと、さっさと中に入っていった。
慌ててついていくと、すぐに制服を着た人に止められる。
「タカハマ様、こちらは・・・・・・」
「いいんだ。俺が連れてきた」
「ですが」
ソウイチさんは、うるさそうに手を振ると、
「爺の気まぐれだ。嘘だと思うんなら、本人に聞いてみろよ。あんたの馬鹿息子がこう言ってますが、本当ですか?ってな」
その言葉に、相手の人が視線を逸らした。
「いえ、そのようなことは」
「気にすんな。あんたは止めた。俺は聞く耳を持たなかった。それだけのことだ」