ふざけんなぁ!! 5
メシの支度を終えた帝人が起こしに来るまでに、顔の赤みが取れなければ、布団で蒸された事にしておこう。
よしっ!!
二人の恋愛は、中学生レベルかと疑うぐらい、純朴だった。
★☆★☆★
それから数時間後。
「お前さ、自分で言ってて、虚しくねーか?」
トムが痛ましい者を見る目つきで、現在追い込みをかけている男の胸倉をひっ掴む。
静雄も、少し離れた場所で煙草を吸いながら、一見銀行マン風に見える、真面目面した三十歳ぐらいの優男を眇め見た。
「私とミントちゃんは愛し合っているんです。私達の間には、真実の愛があるんです!!」
池袋でもアダルト系の店舗が立ち並ぶ薄汚れた一角、中国の四大奇書と同じ名を冠するソープランドの店の入り口で、静雄の上司に捕まえられた男は、熱っぽく真剣な面持ちで言葉を紡いでいる。
「店でしか会えない、携帯の番号も本名も知らない。それでもか?」
「はい、私達は運命の恋人なんです」
「じゃあ、その恋人とやらを抱くのに、何でお前はサラ金で金を借りなきゃならねーんだよ? 普通ならタダでやらせて貰えるだろうが」
「愛の為です。私が店に通って売り上げを伸ばさないと、彼女は他の男の相手をしなければならないじゃないですか!!」
煙草の煙を、溜息と一緒に大きく吐き出す。
可哀想な奴だなと思った。
上司が最初にぶった切ったように、何度も何度も繰り返し『愛しあっているんです』と叫ぶ男は、明らかに自分自身に言い聞かせているのがミエミエで。
きっと、自分の脳内で組み立てあげた独りよがりの妄想を、真実だと思い込みたいのだろう。
本当は、自分自身だって心の奥底では、女に騙され、貢がされている事に気がついている筈なのに。
吸い終わった煙草をアスファルトに放り捨て、黒靴でぎゅっと踏みにじって火を消す。
そして二人の方に歩み寄ると、静雄はぽんと、優男の肩に手を置いた。
「まぁ、頑張って自分の真実の愛とやらを実らせるんだな。どんな女に惚れようと、そりゃお前の自由なんだし」
男は嬉しげに顔を綻ばせ、トムもびっくり眼で自分を見上げてくる。
「……だがよ、だからって、借りた金を踏み倒していいっつー理由にはなんねーんだよ……」
肩に置いた手に、ほんのちょっとだけ力を入れてやれば、めりめりと軋む嫌な音が鳴った。回収客の顔が、激痛と恐怖に歪む。
「ソープ嬢にぶっ込む金があるんならさ、俺達に世話かけさせず、とっとと払うもん出しやがれ。ああああ?」
凄みつつ、ゆさゆさと数回揺さぶりをかけただけなのに、男は財布の中に入っていたありったけの札全てを差し出してくれた。
よっしゃっ♪
★☆
「静雄。俺は今日驚いたぞ♪ お前が他人に説教できるぐらい成長していたなんてな。やっぱ恋は偉大だべ。帝人ちゃんにマジ感謝だ♪」
取り立てた金を一旦会社に納めに行く道すがら、トムは終始上機嫌だった。
煙草を嬉しげにすぱすぱと吸いつつ、油断すれば涙を流しそうな勢いで興奮し続けている。
確かに、今日の自分は絶好調だった。
朝九時から取り立ての仕事をスタートし、今の回収で四件目だが、どれもこれも切れて相手をぶっ飛ばす事は一切なかったし、各々それなりの金額を、ほぼ穏便に回収することができたのだから。
「さては静雄、お前帝人ちゃんと昨夜、何か進展あったな?」
図星を突かれ、静雄の顔がボンっと真っ赤に染まる。
途端、気さくな上司は、チシャ猫が浮かべるような、含みありげなにまにま笑いを浮かべ、ぽんと肩に腕を回してきやがった。
「そーかそーか、いよいよ静雄もチェリー(童貞)脱出か?」
「人聞きの悪い事言わないでください。トムさんだって知ってるでしょ。いくら交際してたって、この国じゃ、15歳の少女を抱くのは犯罪っす」
しかも性行為の最低同意年齢……16歳になったって、結婚すると確約してなければ、やっぱりお縄なのだ。
過去、確かに直ぐにでも抱いてしまいたいという衝動にかられた事もあった。
でも、帝人は将来ずっと、静雄が共に人生を歩きたいと望む、誰よりも大切な少女である。
臨也の馬鹿につけられたばかりの可哀想なトラウマだってあるし、せめて16歳になって、きちんと婚姻届を提出するまでは、何があっても抱かない。
初夜までぐっと我慢をすると、昨夜、帝人の背をあやしながら、固く心に決めたのだ。
「でもトムさん、俺、ちょっと惚気てもいいっすか?」
青いサングラスのフレームを直すふりして、耳まで真っ赤になった顔を俯いて隠す。
「今朝、俺、最高に嬉しかったんすよ。帝人から、……俺、ファースト……キス、貰っちまって……へへへへ………」
まるで、孫を慈しむ好好爺のように、トムの目は優しかった。
「お前がしたんじゃなくて、帝人ちゃんの方からか?」
「うすっ」
「そーかそーか、今回の姫ポジションは静雄だったのか。じゃあ今度はお前から、帝人ちゃんにしてやれるといいな、男なんだし」
「うすっ♪」
トムは静雄の喜びに水をさしたくなかったので言わなかったが、内心、実はちょっぴり物悲しかった。
八歳も年上の大人が、15の少女にファーストキスすらリードを許すなんて、誰が聞いたってヘタレで情けない。
だがそんなほのぼのとした雰囲気も、たった一人の存在でぶち壊しとなった。
「あああ、平和島さん♪ 好きです♪ 好きです♪ 好きです♪♪」
漆黒で長い髪を振り乱し、会社のビルの前で待っていた来良の制服を身に纏った少女が、またもや重箱弁当を腕に抱え、嬉しげに静雄の傍へと駆け寄ってきた。
作品名:ふざけんなぁ!! 5 作家名:みかる