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The moon on water

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 ぽとりぽとり、一定の間隔でどこかから水が落ちる音が聞こえてくる。その音がゆっくりとした覚醒をロックオン・ストラトスにもたらした。ひやりとした背中に曇った意識が徐々に拭われていく。ここはどこだろう、ふわふわと浮ついた感覚がないので重力はあるようだ。自分の平衡感覚を信じるならば横たわっているように感じられる。
 なぜかとても不思議な気持ちがした。記憶の中にある最後の風景は宇宙から眺めた地球だった。身体の力が完全に抜けて、重力がないにも関わらず高速で落ちていくような感覚の中で、地球をそっと指で狙い撃った。
 終わってしまった、そう思いながら。
 自分は死んだのだろうか。すると、ここは天国か地獄ということになる。しかし天国にしては肌寒いし、明かりがひとつも無い。神様の国は明るく輝いていて暖かく、そして何もかもが豊かなのだ、そう教えてくれたのは父だったか、それとも母だったか。
 そこまで考えてロックオンは自嘲的な笑みを浮かべた。そもそも自分が天国に来られるわけがない。「戦争根絶」という大義名分の下でテロに等しい行為をしていたのが自分達、ソレスタルビーイングだ。そして更に罪深いことに、自分はあたかもその思想に賛同し、世界の平和の為に働くふりをした。
 いや、それは少なくとも最期の瞬間までは「ふり」ではなかった。自分の人生をめちゃくちゃにした直接の原因はテロだが、それに至るまでには世界のエネルギー政策の方向転換や国同士の利権争いが絡んでいる。テロだけではない。各地で起こる紛争、牽制の為にどんどんエスカレートしていく軍事開発。それらは全て国というものに囚われているからこそ起こるものだ。だから、この世界の在り方を根本から変える。それがソレスタルビーイングの思想であり、そして自分自身の決意でもあった。
 だが、実際はどうだ。「全てが終われば報いを受ける」と嘯きながら、家族を殺したテロ組織の主導者に自ら手を下す為に志をかなぐり捨ててしまった。世界よりも己の復讐を選んでしまった。手負いの身体を奮い立たせたところで生きて帰ってこられる確率が高くないことは解っていた。ガンダムマイスターが一人でも欠ければ、戦力が落ちて皆に迷惑をかけてしまうだろう。そればかりか彼らを危機に陥れ、最悪死なせてしまうかもしれない。それは真っ先に想定される未来だったが、それを理解しながらもなお私怨の為に動かずにはいられなかった。あの時ティエリアが部屋をロックしたのは自分を護る為だということがわかっていても、それを素直に受け入れるわけにはいかないと思った。今行かなければ後悔すると、この時の為だけに生きてきたとさえ思った。こんなことをしても何にも変わらない、変えられないかもしれない。それさえも承知の上だったからたちが悪いと自分でも嗤ってしまう。
 だから、もしもこれが死後の世界だというならきっと地獄に違いない。尤も、それは報いでもなんでもない。本当の罰は生きて受けるものだからだ。
 どちらにせよ、考えていてもしょうがない。ロックオンはとりあえず身体を起こすことにして、腕にぐっと力を入れる。ちゃんと意思に呼応して身体が動く、そんな当たり前のことが不思議に感じられた。手のひらで床を押すとごつごつとしていない平らかな地面を感じる。人工物のようだが、ざらざらとして砂っぽくもある。それらの要因は打ち捨てられたどこかの建物の中を連想させた。
 随分とリアリティのある地獄だ。ナンセンスな感想を抱きながら、ロックオンはまず水音の在り処を探ってみる。喉がひどく渇いていると感じたからだ。というより、ずっと渇いていたのにそのことをすっかり忘れていたかのような、そしてそれを突然思い出したかのような気分だ。眠りから覚めたせいだろう。睡眠は身体の感覚をひとつひとつ奪うようなものだから。
 視界が未だ慣れないのか、それとも元々光が入らないのか、辺りは深い暗闇で自分の衣服すら確認できないほどだ。仕方なくロックオンは耳を澄ましてみる。しばらくそのまま聞いていると、どうも色んなところから水滴が落ちてきているようだった。
「雨漏りでもしてるのか?」
 何気なく思ったことを呟いてみる。口の中がからからだからか奇妙に掠れて聞こえ辛かった。
 途端、どこかから今まで聞こえていたのとは違う音がする。何かが動いたような音だ。ロックオンは反射的に警戒の姿勢を取る。前からなのか横からなのか、それとも後ろか。全方位に神経を集中させて、その何ものかに備える。衣服が確認できない今の状態では、もし武器を携帯していたとしても使えはしない。
 息を殺して様子を伺う。さっきまでは感じられなかった気配を、少しではあるが認識する。
「何だ? 誰かいるのか?」
 ロックオンは焦れて、自分から声をかけた。けれど、隙間風のようにひゅうひゅうと鳴るばかりだ。これでは牽制どころか伝わりもしない。ロックオンは、二度目でようやく、この声の原因が口内の乾燥ばかりではないと気付く。自分が声を出すという感覚を失っているのではないかと。けれども、今はそのことについて考えを巡らせる時ではない。
 再び、何かが地面を擦るざりざりとした音がする。砂埃のおかげで今度は先程よりも幾分聞き取りやすい。後ろだ。ロックオンは弾かれたように振り向き、はっと息を呑む。突如として視界が明るく開けたのだ。
 そこにぼんやりと浮かび上がるのは、ぼろぼろに崩れて鉄骨がむき出しになった壁と想像した通りの薄汚れた床だった。天井に空いた大きな穴から漏れた光が、丁度その場所にだけスポットライトを当てている。透き通るように青白いのは月の光だろうか。
 常ならば眩しくもない強さの光だが、今まで漆黒の闇の中に居たロックオンにとっては溢れんばかりの輝きに思える。少し目が眩むほどだ。意識せずに目を細め、手のひらで顔を覆う。けれども目を閉じないのは、その明るさの中に男が独り座っているのが見て取れたからだ。
 少し離れているにも関わらずぴりぴりと警戒した雰囲気がここまで伝わってくる。けれどもロックオンは恐怖を感じなかった。遠目でもわかる。彼の手には小ぶりの銃が握られていて、それはソレスタルビーイングの各員に支給されたのと同じ銃だった。ロックオンが息を呑んだのは、光の中心に居る彼が誰なのか、察知したからだった。
 知っている、この少年の名前を。それは彼の本来の名前ではない。それでもロックオンにとってはその仮初の名前こそが、呼びなれた「彼の名前」だった。
「――刹那」
 ロックオンはなるべくいつもの調子になるように、軽く呼びかけた。だが、やはり声はうまく出ない。刹那にも伝わっていないのか、未だ殺気は収められないままだ。
 仕方なく、せめて刹那からよく見える位置にいかなければ、と彼を刺激しないように歩み寄る。慎重に進んでいくと、癖の強い髪、光の中に閃く赤茶けた瞳、浅黒い肌が次々と鮮明になっていく。近づけば近づく程、彼はロックオンの記憶の中の刹那と一致し、直感は確信へと変わった。
作品名:The moon on water 作家名:キザキ