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夢で逢えたら

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戦場に向かう、その背中を見送った。


私の誇りだった。

いつか、同じものを見る日を夢見た。





貴方の隣に立つには

私はまだまだ小さくて

こころもからだもちいさくて


早く大きくなりたくて


貴方の隣に立ちたくて




嬉しいことは重ね合い


悲しいことは分け合って






いつも隣で見てた、



あなたの、


その笑顔が好きでした





****





「U房マジ必死すぎバロスww」

日本から来た新しい友人は、突然理解不能な言葉で笑い出した。

「ユ、ー…?」

最初に出た言葉は、私のことだろうか?
聞き慣れない言葉は右から左へ、何一つ掴めないまま、すさまじい速さで駆け抜けていった。

「秘密機密ktkr!別に取って食うわけじゃないお!笑かすなしww」


ケタケタと笑う友人に戸惑った。
その言葉の意味が分からず、どうしようかと無意識に手が彷徨った。
やがて落ち着いたのだろう。呼吸を整えると、彼は顔を上げた。


「ジョーダンぉ。また今度、会えたらでいいお。」

信用されたらでいい。
そう言うと、彼は背を向けて歩いていった。

ぽかんとしていたから、反応が遅れた。その言葉の意味を理解して、慌てて後を追った。


「ち、違います…!」


ブーツの踵が、けたたましい音を立てた。
進路を塞がない程度に並ぶ。伊八は両手を後ろで組んだまま、真っすぐ前に進んでいった。
視線は、絡んですぐに逸らされた。

「気になんてしてねぇし」

眉をしかめて口を尖らせてる。
本人が否定しても、気にしているのは明らかだ。

気まずい空気で廊下を歩く。
歩幅は自分のほうが広いのに、距離はちっとも縮まらない気がした。

「決して、伊八を疑ってるわけじゃなくて」


同盟国を疑っているわけでもない。
焦りで声が上ずった。
背を向けられるのが嫌だった。
それは、いつかの誰かを思い出すからだ。


「なら、」

伊八が振り返る。
顔が見えたことにほっとした。深海みたいな深い黒い目。真っすぐに覗き込まれて、無意識に喉が鳴った。


「今すぐビスマルク氏に会わせろし」


再び言われたその名前に、身体が震えた。
唾を飲み込む音が、重く頭に響いた。ふたりを飲み込む沈黙。ほんの数秒が途方も無い時間に感じた。
ほら。やっぱり機密だぉ。
伊八は視線を外して、自嘲するような顔をした。


「違います!ただ…戦艦なんて、本当に伊八には会う価値もなくて…!がっかりするだけで…!」


必死にまくしたてていた。
その言葉に、伊八が不思議そうな顔をする。

「U房、戦艦嫌いだぉ?」

何で?
伊八は心底不思議だという顔をして、Uボートを見上げた。
言葉を詰まらせていると、また「何で?」と問われた。


何で?どうして?何故?


“何故、君はそう思うのかね?”


過去の記憶と交差する。
昔、あの人にも疑問を投げ掛けられたことがある。
言いたいことはいくらでもあった。なのに、悔しさと意地が邪魔をした。
その時は、答えないまま逃げるように部屋を出た。
そして、気持ちを伝えられないまま。彼は二度と帰ってはこなかった。


もう二度と、隣に立つことはできない。


「……嫌いです…」


彼がいないのに。
それでも世界は勝手に回っていく。
彼がいないのに。
戦艦も海軍も、今までどおりを続けていく。
まるで何もなかったかのように。

「…嫌いなんです」



みんなが、彼を忘れて歩いていく。
あの背中が、知らない誰かにどんどん追い越されていく。
気が付いたら、自分も彼を追い越していた。
いいや、自分が追い越したのではない。自分はなにひとつ彼を越えていない。彼が止まったのだ。自分を置いて。


自分は、一体誰の隣を目指せばいい?


彼がいない。その事実を、どうしても受けとめたくなかった。
彼がいなくても機能している、戦艦たちを認めたくなかった。
自分を置いていった、彼を恨んだ。
彼を守れなかった、自分が許せなかった。
それでも、幼い約束を守るために、ドイチュ海軍にしがみ付いた。
自分を正当化させる、全うそうな理由を探した。
戦艦を否定できる、全うそうな理由を探した。
そうして、自分から戦艦を遠ざけた。


「がっかりする」
伊八に言った言葉。
それは自己防衛の言い訳だ。
本当は、見たくなかっただけだ。ビスマルクのいない場所を。
傷つけたくなかっただけだ。伊八ではなく、自分を。



作品名:夢で逢えたら 作家名:呉葉