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夢で逢えたら

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自分の身体のことは、誰よりも自分がよく知っていた。
それは、人間も兵器も同じ事だ。

美しい姿と、強大な力を備えた戦艦。華やかな進水式。見渡す皆が、自分に心酔しきっていた。
けれど現実は、決して甘いものではなかった。

軍部が期待した性能は、ワシントン条約によって阻まれた。
設計者は、諸外国に力を見せ付けようとする軍部の見栄と納期に切迫された中で、相対する設計をねじ込む他なかった。それは戦艦ビスマルクにとって痛手となると分かっていても、それでもそうするしか完成の道はなかったのだ。一貫された設計ではないにしろ、それでも設計上は、自分は間違いなく世界最高水準の戦艦だとされた。そう、間違いなく、超弩級戦艦だと。
けれど実際完成してみれば、すでに自分の設計は、他国が同時期に建造した最新鋭戦艦よりも、随分時代遅れのものになっていた。


軍部の自分に対する熱は、今思えばひどく浮かれたものだった。まるで自分さえいれば、世界は掌中におさまると言わんばかりの口調だったのだ。
その言葉は時に、通商破壊の主力であるはずのUボートを軽視した。そのたびに拳を握り締めて耐える彼の姿が、目に浮かぶ。そして戦艦こそが最上だと、自分達で自分達に、時代遅れの催眠をかけていたのだ。
最初は、その熱を心地よいと感じていた。浅はかだが、自分が称賛されるのは、正直とても気持ちが良かったからだ。
段々と、気持ちが後退りし始めたのは、その熱の尾ヒレがあまりにも大きくなり始めた頃だった。
Uボートの存在を乏し始めたのも、同じ頃だったと思う。

軍部は、戦艦ビスマルクの吉報だけを欲しがった。
軍部にとって都合の悪い報告をした者は、皆処罰された。職を追われた。だから軍部の手元にゆく報告は、どんどん軍部の欲しい誇張と嘘にまみれた、偽りだらけの報告になっていった。
けれど、軍部はそれこそが真実だと突っぱねた。
真実の報告は嘘と罵られ、虚偽の報告はまるで真実であるかのように扱われた。
可笑しな話だ。誰もが足元から目を背けて、それでも勝てると思っているのだから。
空想と理想を積み重ねた作戦の、その勝利の方程式は、もはやどこにも存在してはいなかった。


此度のライン演習作戦は、その醜悪の末路だった。
最初から、勝算などない。
いや違う。勝算に満ちた、軍部の思う戦艦ビスマルクが、最初からいなかっただけの話だ。


だから私は終わらせに行くのだ。
終わりのない、甘い毒だらけの夢の中から、彼らの目を覚まさせるために。

そして彼を。Uボートを。本来彼が歩むべき進路へ。
私のいない進路へ。
私がいることで捻曲げられてしまった、彼自身の評価を取り戻すために。




カツン…。カツン…。



石造りの廊下に響く靴音。
それはビスマルクの空気に呼応したかのように、重く辺りに響いていった。
ビスマルクは戦艦宿舎を出ると、真っすぐと、ドッグへ向けて歩いていった。



彼が去った後には囁き声。
ビスマルクが歩いていった参道を見渡せる小さなテラス。暗闇に潜んでビスマルクの姿を一瞥すると、彼らは口元を上げた。

「弩級戦艦と謳われた戦艦ビスマルク様は、どんな戦果を上げてくれるんだろうね?」
「それはそれは、ビスマルク様様のことだ。素晴らしい戦果を上げてくださるんだろうよ?」
「英国戦艦など、一瞬で壊滅させてくれるに違いないな」
「総督様が、あんなにも手厚く称賛してくれるのだからね」
ねっとりとした刺を隠さずに喋るのは、巡洋戦艦達だった。
傍僚艦は若くして自分の上司となったビスマルクを慕った。けれど、その全てがそうだったわけではない。ビスマルクに与えられた称賛は、そのまま彼らに格差となって押し寄せた。
縦社会の中で辛酸を舐めるのは、人も兵器も同じだ。
自分の実力以上に持て囃されているビスマルクが、疎ましくなかったといえば嘘になる。

だから、ビスマルクの出航を皮肉った。

「ならばあの小生意気なスピットファイアも、破壊してくれるだろうな」
「あれには私も手を焼いた。それは愉快だ。戦闘機の惰弱な装甲など、砲撃ではひとたまりもないだろう」
「この作戦が成功すれば、そのままイギリスに進路を取るというのも、おもしろいだろうな」
「ビスマルク様ならば、十分有り得るだろうよ」
まことしやかな皮肉を並べた、嘲笑。
けれどそれを、血の気の引いた顔で聞くものがいた。
壁に背を向けた状態で、立ち尽くすひとつの影。両翼のある影。壁につけた手の冷たさが、まぎれもない現実だと教えてくれる。初めて聞く情報に上手く頭が回らずに、瞬きを繰り返した。

そして、戦場から戻ってきたばかりの彼は、再び空に向かって飛び立った。
夜間飛行に向いていないことなど、その時には構っている余裕などなかった。拳を握って、ただ彼の名を頭の中で繰り返した。



メッサーシュミットは、英国に向けて飛び去った。



作品名:夢で逢えたら 作家名:呉葉