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かえりみち

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扉を押し開けて外に出た途端、ツナと獄寺は、乾いた強い風に晒された。
「わ!」
「大丈夫ですか、10代目!」
 風の勢いに負けて思わずよろけたツナを、獄寺が素早く支える。
「うん、ありが…」
 獄寺を見上げ、礼を言おうとしたツナが、不自然に言葉を途切れさせた。
「…? じゅ…」
 ツナの様子に不審そうに首を傾げた獄寺も、同じように息を呑む。

「「っくしゅん!」」

 ふたり同時にぶるりと背中を震わせたかと思うと、ぴったり同じタイミングで、盛大なくしゃみが出た。
「…あはは。今日、寒くなっちゃったよね。上着も着てくれば良かった」
 このところ雨続きだったが、今朝は久しぶりに晴れていた。気温も高めだったので、ツナはシャツの上にベストという格好だった。
「10代目…! 風邪をひかれては大変です!」
「え?!」
 ちょっと頬を赤くして照れたように笑ったツナとは対照的に、さあっと血相を変えた獄寺が、ばさり、と自分の制服の上着を脱いだ。
 もう十月の初旬で、とっくに衣替えも済ませたというのに、獄寺がブレザーの下に着ていたのは、何故か半袖のシャツだった。
「え? な…」
 獄寺の姿に驚いておおきな瞳を見開いたツナは、一歩足を踏み出してほとんど抱きしめるくらいの距離まで近付いた獄寺を見上げ、ぱちぱちと瞬いた。
 ふわり、と、肩に重みがかかり、その後、ゆっくりとあたたかさが伝わってくる。
「…獄寺君?」
「着ていてください」
「え…! なに言ってんの! てか、きみなんで半袖のシャツなの!」
 ツナの突っ込みに、気まずそうな顔をした獄寺がちょっと目を伏せた。
「…すみません。ここ数日、天気悪かったせいで、長袖の洗濯が間に合わなくて…」
「あ、そーだったんだ…」
「はい」
 獄寺は朝からブレザーを着たままだったから、ずっと一緒にいたツナも気付かなかった。
「でも半袖なら、オレに上着貸してくれてる場合じゃないだろ! ほら、ちゃんと着てて!」
「いえ、ですが!」
「いいから!」
「おー。お前ら、まだ帰ってなかったのか」
 靴箱のほうから歩いてきた山本が、のほほんとした口調でツナと獄寺に声を掛けた。
「あ、山本」
「…てめーこそ、野球バカのくせに野球はどうした」
「ん、今から。今日、掃除当番だったんだけど、なんか長引いちまって。つーか、なにやってんの。獄寺がツナの服脱がしてんのか?」
「ちちち、違うって!」
「ん? 逆か?」
「ん、んな訳あるか! こんなとこで!」
(…ここじゃなきゃいいみたいに聞こえるよ、獄寺君!)
 思わず胸の中で突っ込んでしまったツナと、先程まで青ざめていた頬をさあっと赤くした獄寺に、山本は屈託なく笑いかけている。
 獄寺の上着を肩に掛けたままのツナは、山本に向けて、簡単に事情を説明した。
「ええと、獄寺君が寒がってたオレに上着貸してくれようとしたんだけど、獄寺君だって寒いしそれに半袖だし、いいって言ってんのに聞いてくれなくて」
「んー。確かに、半袖だとちょっとさみーんじゃね? 結構、風強いもんな」
「だろ?」
「ん。獄寺、手が鳥肌、つーか鳥ももの皮みてーになってんぞ?」
 山本は、シャツから伸びている白い腕をおおきなてのひらで掴んだ。さするように撫でると、そこは寒風にじかに晒されていたせいか、常になく粟立ってざらりとしていた。
「るせえ! つか触んな!」
 山本の手を振り払った獄寺が、ツナの肩を上着ごとしっかりと捕まえる。
「10代目、後生ですから着ていてください」
「でも、君だって寒いじゃない! 風邪ひくってば!」
「10代目が寒さに震えていらっしゃるのを見るくらいなら、オレが風邪ひいたほうがはるかにマシです!」
「…なんだよ、それ!」
 獄寺の言葉にひっかかりを覚えたツナは、肩に置かれた手を取り、振りほどこうとした。
 売り言葉に買い言葉、みたいに、勢い余っての言葉かもしれない。
 だけど、そう思ってみてもさらりと流せそうになくて、ちょっときつめに獄寺を見上げたツナが、反論しようと口を開いた、その時。
「よっと」
 いつの間に移動したのか、ツナの背後に回った山本が、ツナと獄寺の頭上にばさりとなにかを広げた。
 一瞬、太陽のひかりが遮られたことに驚いたツナと獄寺が呆気に取られている隙に、広げられたそれは、獄寺の肩を覆っていた。
「…山本?」
 肩越しに振り返ったツナに、にこりと笑いかけた山本は、てのひらで獄寺の両肩を力強く、ばしん、と叩いた。
「痛え! ンだてめー!」
「ツナは獄寺の上着借りて、獄寺はコレ着て帰れよ。そしたらどっちも寒くねーだろ?」
 ブレザーを脱いで獄寺に被せた山本は、くしゃくしゃの白いシャツを着ていた。こちらは獄寺とは違って長袖だが、袖を肘までまくりあげている。
「えええ! 山本こそ寒いって! 風邪ひくよ!」
 シャツの下にTシャツを重ねているようだが、部活が終わる時間だと、日が沈んだ分、今よりも更に寒くなっているはずだ。
「だいじょーぶ。部活後っていっつも暑いくらいだし、マジで寒かったらジャージ着りゃーいいし」
「…てめーの服なんざ要らねえ!」
「いーから着てけって」
「要らねーってんだ!」
 身体をひねって逃れようとした獄寺の肩を、山本のてのひらがきつく掴みとめた。
「…お前が寒いカッコしてたら、ツナも気ィ遣うだろ?」
「…!」
(…うわ、あ…)
 悔しそうに自分の背後に立つ山本を睨みつけている獄寺よりも、背中から伝わるひんやりとした空気のほうが、よっぽど怖い。むしろ寒い。
 ツナも、獄寺が『自分が風邪ひいたほうがマシ』と言った時には、彼の自分の身体を省みない態度に多少腹が立ったが、山本は、にこにこと笑顔を浮かべながらも、どうやらツナ以上に怒っているようだ。
「オレもツナも、お前が風邪ひいたらイヤなのな。心配だし、学校休んだらさみしーし。な?」
「…ちっ」
 口をつぐんで、ふい、と目線を逸らした獄寺の、髪の隙間から見える首筋が真っ赤になっている。
 獄寺がそっぽを向いたと同時に気配を弛めた山本は、いつものように、ツナの頭をくしゃくしゃとかき回した。
作品名:かえりみち 作家名:れー