衣 装
「お前に見られてたら減る!」
梃子でも動きそうにない仁を放っておいて、仕方なく着替え始める。……白い燕尾服なんてオレがまだ着るには縁がないもんだぞ。
「僕らにとって、結婚なんてその程度のものだ」
ぼそり、と仁が呟く。
「仁?」
服がシワにならないようにと気をつけて履きながら、仁の言葉に耳を傾ける。
「好き合っている相手との結婚もままならない。家が決めた相手と仕方なしに婚約して結婚する、そんな奴らがほとんどだ」
「でも、あいつらは……」
先日駆け落ちを手伝ったカップルのことを思い出すと、言葉が詰まった。――彼女は、慶光と見合いしていたじゃないか。
「秋さんと妙子嬢だって、うまくいかなければ引き裂かれていたさ。会ったことのない相手と婚約を前提に見合いして自分たちの意思は関係なく婚約していずれその格好をする。好き合った相手どうしで結婚できる奴なんてそうそういないんだ」
触り心地の良い上着を羽織る。いったいこれの出所はどこなのかとちょっと気になった。
「あ、その服は親父殿のものだ。母さまと結婚式を挙げたときのものをこの屋敷に置いていたんだよ。……といっても、こちらでは式を挙げていないそうだけれどな」
「そっか……」
「ネクタイが曲がっているぞ」
立ちあがった仁がこちらへと近づいてくる。
「え? そうかぁ?」
オレから見ても特に問題はないはずだけど、と鏡を覗こうと歩き出したとたん、追いついた仁にぎゅうっと抱きつかれた。
「オイ、仁!」
「……僕は、その格好をするお前を見たくない」
絞り出すような声に、オレは何て言い返そうかと悩む。こいつが慶光をそういう意味で好きだというのはよくわかっているだけに。
「じゃあこんな格好させんなよ」
「僕だけのためにその格好をするなら大歓迎だ」
「バカかっ!」
結局出てきた言葉では、オレが言えるのはこんなことくらいだった。
庭につくられた茶会の席が、ささやかな結婚式場(仮)だったらしい。テーブルの上にはいくつかの菓子が並べられ、オレと仁の向かい側に百合子さんと亜伊子が座る形だった。……亜伊子はドレスを断固拒否したらしくいつもの格好だった。そして仁は。
「……その格好、似合わねーな」
「ならお前がこれを自分で着ても良かったんだぞ」
まさかの紋付き袴姿。いろいろとツッコミどころ満載な組み合わせになってしまった。
「ナイト、結婚式ってこんなのなの?」
さすがに疑問を抱いた亜伊子に問いかけられるが、オレに聞かれても困る。
「かなり違うから参考にはすんな」
それだけ言って、思い出したように付け加えた。
「亜伊子」
「なぁに?」
「お前が見た花嫁がキレイだったのはきっと、好きな奴のところに嫁ぐからだったんだろうぜ……よくわかんねーけど……」
オレの言葉に、亜伊子は神妙な顔で頷く。百合子さんも、
「そうね……」
と、微笑んでいた。
結婚式とは名ばかりのいつもの茶会。渋い紅茶を飲み干す頃に、仁が立ちあがる。
「光也、ケーキ入刀とはどうやるんだ?」
「は?」
「ケーキがよくわからないがとりあえずこんなものだろうと用意はしてみた」
と、運ばれてきたものにオレは目を点にする。
「カステラ……?」
「風月堂のものを用意した。最初は羊羹にしようと思ったが……」
「いや、それはいいんだけど、そっち……」
「ん?」
ひょい、とそれを持ち上げる仁にオレはぎゃあと情けない声をあげる。
「そ、それ日本刀……!」
「入刀というくらいなのだから、ケーキをかっさばくのだろう?」
仁の誤解を解いて普通に二人でカステラを割る羽目になったのは言うまでもない。