千秋一夜
千秋一夜
何ゆえその花を飾られますのか。
秋の来る度、氏政はこうした問いかけをよくされた。床の間に置かれた花差し、其処に飾られる赤い花を指しては人は眉を顰める。
輪生に咲く赤い花は細い茎に支えられ、しゃんと首を延ばす姿は野花の強さを垣間見せる。細い花弁は瑞瑞しく光に栄えて、一層赤さを誇るようだった。
それが路傍に咲く頃になると氏政は決まって此花を床の間に生けた。だがその不吉な謂れを嫌って、家臣や家族の者は飾るのを止めるよう氏政をそれとなしに戒めた。
御家が火事になりまする、御殿様は斯様な花を何ゆえに床の間に置かれますのか。
その度氏政は訶々と笑い、こう述べた。
「確かに地獄花、死人花、幽霊花、捨て子花、剃刀花に狐花―――成程、確かに恐ろしい名が沢山あるの。
じゃが曼珠沙華、天上の花と呼ばれる事もある。みな、人が勝手に付けたものじゃ」
勝手よの、と老主は口とは裏腹に優しく笑んだ。
品の良い白髪に優しい皺、年老いた風貌には人生が宿るという。武人として小田原の守主として幾多の戦を越えて来た氏政の本性は屹度その通りなのだろう。
赤い花を生ける皺寄った手付きは丁寧で、細く容易く千切れる花弁をそっと支えながら氏政は言った。
「名も謂れも、人の口が語る手前勝手な幻想じゃ。人は人、そうして花は花じゃ。人は愛おしく、花は美しければそれで良いのじゃ。
わしにとって此花はどんな花よりも美しい。それがいちばん、大事なことではないかのぅ」
老いた城主はそう結んで笑い、それは大事そうに赤い花を撫でるのだった。
何ゆえその花を飾られますのか。
秋の来る度、氏政はこうした問いかけをよくされた。床の間に置かれた花差し、其処に飾られる赤い花を指しては人は眉を顰める。
輪生に咲く赤い花は細い茎に支えられ、しゃんと首を延ばす姿は野花の強さを垣間見せる。細い花弁は瑞瑞しく光に栄えて、一層赤さを誇るようだった。
それが路傍に咲く頃になると氏政は決まって此花を床の間に生けた。だがその不吉な謂れを嫌って、家臣や家族の者は飾るのを止めるよう氏政をそれとなしに戒めた。
御家が火事になりまする、御殿様は斯様な花を何ゆえに床の間に置かれますのか。
その度氏政は訶々と笑い、こう述べた。
「確かに地獄花、死人花、幽霊花、捨て子花、剃刀花に狐花―――成程、確かに恐ろしい名が沢山あるの。
じゃが曼珠沙華、天上の花と呼ばれる事もある。みな、人が勝手に付けたものじゃ」
勝手よの、と老主は口とは裏腹に優しく笑んだ。
品の良い白髪に優しい皺、年老いた風貌には人生が宿るという。武人として小田原の守主として幾多の戦を越えて来た氏政の本性は屹度その通りなのだろう。
赤い花を生ける皺寄った手付きは丁寧で、細く容易く千切れる花弁をそっと支えながら氏政は言った。
「名も謂れも、人の口が語る手前勝手な幻想じゃ。人は人、そうして花は花じゃ。人は愛おしく、花は美しければそれで良いのじゃ。
わしにとって此花はどんな花よりも美しい。それがいちばん、大事なことではないかのぅ」
老いた城主はそう結んで笑い、それは大事そうに赤い花を撫でるのだった。