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囁く指先

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 目は口ほどに物を言うというけれど。
 彼の人は目だけでなく、指先でもそうだった。


 たとえば。


 何度目かの報告書を持って司令部へ訪れたとき。
 それに目を通している間、癖なのだろう。
 指先をトン、トン、と一定のリズムで刻んでいる。
 ちょっとした疑問だったり、誤字だったりでスピードが不規則になる。
 最後まで目を通し、ОKならば紙の端を一度、リテイクならば2度弾く。


 そんなことをエドはぼやけた頭で思い出していた。


 確かに瞼は開いたはずなのに、辺りは暗闇だった。
 2,3度瞬きを繰り返すとその暗闇の中にも明暗のあることが分かり、視覚は精いっぱい少ない情報を得ようと努力する。
 「ああ、そうか俺捕まったんだっけ。」
 「・・・正確にいえば私たち、だな。」
 もぞりと柱を挟んだエドの背後から気配がし、なおかつ聞きなれた声の人物から独り言に補正が入った。
 視覚ばかりか聴覚まで研ぎ澄まされているときにこの声は強烈だった。
 「な・・・んで。」
 「一般人を巻き込むわけにはいくまい?」
 

 事の子細はこうだった。


 
 エド達がたまたま、通りがかった町で事件に巻き込まれ。
 たまたま、大佐の管轄下で。
 そしてたまたま大佐たちが作戦行動中だっただけのこと。
 要約すればそれだけ。



 しかし被害は意外に大きく。
 敵の規模もなんやかやでややこしくて。
 かくして司令官直々の人質交換となった。



 国家錬金術師のなかでも武道派の二人をただ捕まえただけで奴らは安心したんだろうか。
 確かに俺は両腕を拘束されてはいたけれどこんなことどうとでもなるし。
 「アンタの白いエモノは?」
 「ああ、生憎と奴らの手の中なんだ。ここはひとつ君が頑張ってくれないと。」
 その言い草にカチンと来た。
 「なんだよ使えねーな!そんなんでノコノコ人質になりに来るんじゃねぇよ!」
 「まぁまぁ。餌は高級じゃないと、食い付きが悪くなるだろう?」
 言外に俺じゃ役不足だってか!!


 頭にきたので思いっきり嫌味をぶつけてみた。
 「おあつらえ向きに雨が降ってますけど?」
 コンクリートの壁に小さく切り取られた窓から外の喧騒に混じって清流のような音がした。
 鼻息荒く言い放ってみたものの、返ってきた言葉は奴特有の含み笑いだった。
 「まぁ、そのおかげでこうして自由の身でいられるんだけどね。」
 「!?」
 さっきまで自分の背後にいたはずの人物はいつもの青い軍服を脱がされたのか白いシャツがぼんやりと人物の輪郭を浮かび上がらせる。
 「どうやって?」 
 「手袋と上着を脱いだくらいで油断するとは所詮は雑魚共だ。」
 手元から何かを出して頬にあてた。
 「っ…」
 金属のような冷たさがいきなり肌に触れて体がびくりと震える。
 「軍服の無駄なふくらみを侮っちゃいけないな?」
 「カミソリ?」
 正解とばかりに鼻先を弾かれた。
 「痛ッ!てーーーな何すんだ。」
 報復のために噛みつこうとする口を手のひらで抑えられた。



 パァン!
 

 響く銃声に緊張が走る。
 同時に数名の悲鳴が。


 「まったく気の短い。」 
 「なんだよ、交渉が上手くいってねぇの?」 
 「軍相手に交渉もクソもないだろう。だがみすみすこんなところでくたばってやる訳には行かないなぁ、お互い。」
 「あ・・・ったりめーだ。」
 憤慨する気持ちとは裏腹に語尾が弱くなったのは。
 口を覆っていた男の指先が唇をなぞってきたから。
 「な・・に、すんだよ!」
 「別に?」
 別にって。
 確実になんかしてんだろうが!


 多分人差し指だろう指先が縦に押し付けられる。
 ━━━━静かにしろってか?
 訝しんで眉をひそめつつ一応大人しくしてみた。
 するとそのまま指先はまっすぐ下に降りてのど仏をなでる。
 「・・・ん。」
 息苦しさに首を逸らすとリンパ線を経由して鎖骨を左から右へ移動する。
 ただそれだけのことなのに体に与える衝撃は未知数だった。
 鎖骨のくぼみをひとなでしたあとまたしても下へ降りていく指先。
 「や、めろ。何なんだよ、一体!?」
 上ずる声がばれなかっただろうか。
 何とはなしに与えられる恐怖に似た焦燥が肉体を苛む。
 するとまた唇に指が押しあてられる。
 今度は明確な示唆。
 こんなの黙っていられるわけが・・・。
 「んっ!?」
 息を吸い込んで思いっきり怒鳴ってやろうとしていたがそのまま息を詰める結果となった。
 あろうことか、タンクトップの上から自分で触れることもなかった突起を撫でられた。
 「ひゃっ…」
 「君は無謀というより無防備すぎるね。」
 少しお仕置きが必要だろう?


 ものすごく嫌な予感がした。
 日々旅から旅への生活を続けていれば嫌でも自己防衛本能は働くもので。
 後ずさりしようとするも両手は拘束されていて柱にくくりつけられているとなれば不可能に近い。
 「な、なぁ?こ、今回の件で俺も悪かったと思ってるよ?は、反省もする!!きっとする!たぶんする!!」
 「仮定形の返答にどんな信憑性があるというんだね?」 
 あきれ混じりのため息。
 それも耳元でするのは反則だろう。
 「・・・そ、れは・・」
 なおも言い募ろうとしたとき、扉はタイミング良く開かれた。



 「おい、貴様ら何してんだ!!逃げらんねぇぞ。」
 さすがに何時までも人質をほおったままにはしておかないだろう。
 状況は悪くなったが返ってエドは助かった。
 自分の経験値では対処できない状況よりは断然血なまぐさい修羅場の方が得意分野だったから。
 「アンタの所為で逃げ遅れただろ!!」
 しかし、悪態をつくのは忘れない。
 「残念だったな~坊主、二人ともあの世行きが決定かもな。」
 「せっかくお譲ちゃんを助けても浮かばれねぇなぁ。」
 犯人グループの数人から揶揄された台詞から大佐は大まかな事情を把握した。
 


 「なるほど。・・・無鉄砲なのは相変わらず、と。」
 はぁぁ。
 先ほどよりよりも大仰なため息をつき嫌味の応酬。
 おもむろに立ち上がって首を左右に揺らし、肩をまわして準備運動よろしく体をほぐし始めた。
 「しばらくデスクワークばかりで体がなまってるようだなぁ。」
 その場にそぐわぬのんびりとした口調に少なからずエドも毒気を抜かれてしまった。


 何だ、こいつ。
 

 普段の見知った相手とは思えないがしかし知っているような?
 雰囲気が。
 誰かに。


 「なんだぁ?この人数相手に抵抗するってか?焔の大佐さんよ。」
 「いくら焔の使い手だろうが、これが無きゃただの軍人だろ?」
 錬成陣入りの手袋をこれ見よがしにちらつかせる。
 エドは目の前の黒いブーツを足で蹴飛ばして。
 「おい、大佐!早く外せよ。」
 「君はそこで大人しくしていなさい。」
 「はぁ?ふざけんなよ!」
作品名:囁く指先 作家名:藤重