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 栄口がその白い腕輪を水谷からつけられたのはもうひと月前のことだった。
 水谷はいつも、頼りない左腕にごつい時計、右腕には4,5本同じような太さの細いブレスレットをしている。栄口はそれを見るたびに邪魔じゃないのかなとか、ユニフォームに着替えるたびつけたりはずしたりするのが面倒くさそうだとか、水谷が思わんとすることと別次元でものを考えていた。
 だからあのじゃらじゃらとした右手にシンプルな白い腕輪をしているときにはどういう風の吹き回しかなと目を疑った。
「水谷、右手、」
「へへ、これいーでしょ?」
 言うより早く反応を返してきた。よっぽど気に入ってるのだろう。腕からはずして見せたそれはゴムより少し硬く弾力のある素材を使い、幅は大体1cmくらいで輪の中央にアルファベットの刻印がついている質素なものだった。
 まじまじと観察した姿を面白いと思ったのか、水谷は栄口の右手を取りするりとその腕輪をはめてしまった。
「なんか俺より栄口がしてるほうがかっこいい気がするー」
「んなわけないだろ。ていうかあんまりこういうの」
 得意じゃない、と言おうとしたら朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。まだ満足に着替えを終えていない水谷が慌ててズボンに足を通し、そんな水谷に声をかけ栄口は教室へと急いだ。
 そんなわけでその腕輪はうやむやに1時間目が終わるまで栄口の腕に留まることになってしまった。
「水谷この腕のやつ、返しにきたんだけど……」
「あー、いいよそれ栄口にあげる」
 水谷はその右腕を見てへらりと笑った。
「似合ってるよ栄口」
 そんなふうに言われたら栄口はもう、はずすことなんてできなくなってしまった。
 
 ひと月腕輪をし続けた栄口は気づいたことがある。水谷を含め、校内で見た目に気を使っている人たちを見るかぎり、こういうものは1つだけではなく何本か重ねてつけて様になるものということに。容姿は標準的で、時計もしない栄口の腕に1本だけ巻きつけられた白い腕輪は明らかに浮いていた。
 けれど栄口は毎日律儀にそれを身に着けることをやめなかった。
 栄口を犬と例えるならこれは首輪であり、水谷に所有され、彼に忠誠を誓っている証としての輪だった。そう考えるのはとても救いの無いことだったが、どんな小さい可能性にでも縋りたかった。
 水谷は野球部の誰よりも着飾ることが好きで、日々努力や研究を惜しまない。いつもにぎやかでキラキラしている水谷がなぜか自分に懐いてくれるのが不思議だった。栄口が人工の明かりだとすれば水谷は日の光であり、適わない、追い求めたい、そういう憧れや羨望がいつの間にか恋になってしまった。
 日焼けした右腕を動かすと白が揺れる。そのたびに水谷のことを思い出すのはとても幸せだった。

 この世の中で一番水谷を見ていると自負していた栄口がその思い込みを打ち砕かれたのは、阿部に話すことがあって7組まで赴いた昼休みのことだった。
 いつものふわふわした茶色の髪が、黒く美しい長い髪の近くにいて弾けるように笑い合う。その子の肩まで背をかがめた水谷が耳打ちをしたあと目を合わせてまた笑う。そんな時でも水谷がキラキラしているのは決して気のせいではなくて、むしろ女の子とセットで輝いて見えた。
「あれなに?」
 はしゃぐ水谷を指して言った言葉に、阿部は投げやりにこう返した。 
「彼女なんじゃねぇの?」
 阿部に聞くまでも無く栄口自身もそう思っていた。

『そういえば紹介されたな、6組のナントカさんで』
 空から屋上に降り注ぐ清々しい青が、やけに痛む栄口の胸の中まで染み入ってくる。
 鉄柵から身体を乗り出すと夏に向けその背丈をぐんぐん伸ばす草むらが広がっていた。
『あいつがやたらデレデレしてて』
 腕からはずした輪を人差し指に絡め、くるりと回すと緑の中であやふやな輪郭が残像を伴って揺れた。
 いつかこういう日が来ることをわかっていたはずだった。淡い期待に浮かれていた自分を馬鹿だと失笑したら、喉のあたりが急に苦しくなり、それにつられ涙腺が緩む。
(これはもういらないものだ)
 傾けた指からするりと抜け落ちた白い輪は栄口が思うより早く、あっという間に緑に呑まれ見えなくなってしまった。
作品名:ポチ 作家名:さはら