ポチ
「阿部おめー6組の子振ったな!」
ドアが開くと同時にそう言いながら入ってきた水谷に、部室で昼食をとっていた部員たちは釣られるように視線を阿部に向けた。当の本人はそれがどうかしたのかという顔でもぐもぐと口を動かしている。
「だって俺あの女子のこと知らねーし」
「ばかっ!前に紹介しただろ『6組の〜』って!」
「そんなにぎゃあぎゃあ騒ぐんなら水谷が付き合えばいいだろ」
阿部の箸が差した先の水谷は途端に勢いを失い、大きなため息をひとつついた。
「それができたら苦労しないっつーの……」
「『水谷って友達って感じで彼氏にはありえない』」
「いーずーみーぃ、俺のヒサンな過去を!」
部室の中に響く笑い声に、水谷は何を思ったのか今まで蚊帳の外で傍観していた栄口の肩を抱くとこう言った。
「いいもん俺には栄口がいるから!なー!」
「はぁ?オレは嫌だよ」
そこでまたどっと笑いが起こり、水谷は泣き言をつぶやき栄口にしがみついた。阿部も栄口もヒドイよ、そう思いながら視界に入った栄口の腕に違和感を覚える。いつもあったものが無い。
「あれ?腕輪どしたの?」
「ああ、失くしちゃったんだ。ごめん」
その嘘を見破られない自信が栄口にはあった。案の定水谷はさほど気にすることもなく、栄口にもそんなことあるんだな、と少し驚いた様子をみせた。
(あれは勘違いだったんだ)
あの女の子は阿部が好きで、その橋渡しをしようとしていた水谷と仲が良かったのだろう。真相は意外とあっけなく、それ以上に喜ぶべき事実にあまり感情を揺さぶられない栄口がいた。そんな栄口の横に水谷は腰を下ろし、持っていた数個のうちから1つパンの袋を開き、口に含んだ。
「あ、これ結構うめー。今こういうの流行ってんのかな?」
(けどもう期待はしない)
今回の出来事でいかに不毛な片思いをしているか嫌というほど思い知ってしまった。緑の中に埋もれてしまったあの腕輪のように、自分の水谷への想いも埋葬してしまおう。横に座る栄口がそういう決意をしたのもいざ知らず、水谷は食べかけのパンをずずいと栄口に勧めてきた。
「栄口も食わない?」
「いや、オレ弁当あるし」
腕輪や気持ちは、種子と違い土の中に埋めたって芽が出て花が咲くものでは無いのだけれど。