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 それから数日後、水谷はなぜか少し落ち着かない様子で1組にやってきた。
「手ェ出して」
 飴か何かだろうと差し出した手のひらに載せられたものは、この前もらったものと同じ白い腕輪だった。
 背筋が凍った。栄口はあの時捨ててしまった腕輪を水谷が探し当ててきたのだろうかと目を疑った。しかしあれは誰にも見られることなく一人で落としたし、また手のひらの腕輪はまだ真新しかったため、それはありえないと必死に気持ちを落ち着かせる。
「なんつーか、腕輪、つけて欲しくて」
「じゃあ別に水谷に買ってもらうのじゃなくてもいいだろ?」
 その反論にしゃっくりを途中で止めたような顔をした水谷がつらつらと語りだす。
「よくないよ。栄口がコレしてないとなんか落ち着かないんだもん。でも、栄口が自分で買ったやつとか他の奴に貰った腕輪じゃダメで、ていうかそれはなんかムカつく。あー!つまり俺があげたのをつけてくれなきゃ嫌なんだよなぁ」
 そこから取り残されたような面持ちの栄口を見て水谷は我に返った。今自分は勢いに任せてとんでもないことを吐き出してしまった気がした。
「……てゆーか何俺!気持ち悪くね?」
「……普通だろ?」
「ふつう、なのかな?……栄口がそう言うのならそうなのかな?」
 あっさり納得してしまった水谷は栄口の震えた声音に気づかなかった。
(普通じゃないよ。)
 栄口の小さな動揺は片思いと同様にやたら厚い面の皮の下に隠れた。
 水谷が手を取り、何かの儀式のように右手へ腕輪を通すと、小麦色の肌と白い線の向こうで栄口がぎこちなく微笑んだ。
「やっぱりよく似合う」

 そういうわけで栄口は懲りずに水谷からはめられた腕輪をつけている。
 水谷の自分に対する少しおかしい執着心がこれからどう姿を変えるのか今の時点ではわからない。日が過ぎるごとに徐々に薄まって腕輪をつけた理由など忘れ去られたり、ましてや栄口が抱くような恋愛感情にはならないかもしれない。あるいは若さゆえの暴走からストーカーのたぐいに変貌されても、栄口はそれはそれでいいと思ってしまうのだ。
 校庭で体育の準備をしている7組の中から、いつものようにあの茶色のフワフワを探してしまう栄口より早く、水谷はこちらに向かって大きく手を振っていた。遠く名前を呼ぶ声の奥には呆れ顔の阿部と花井がいる。苦笑いを浮かべ振り返した右手にならい、白い輪もゆらゆらと腕を下る。
 いつかその内の獣がむくむくと大きくなり、もっともっとと餌を求めてしまうのだろうか。
 しかし今の栄口は自分と水谷を繋ぎ止めるこの輪と、こういうふうな小さな意思の疎通だけで十分だった。
作品名:ポチ 作家名:さはら