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みっふー♪
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花を送ろう、君を迎えに

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花を送ろう、君を迎えに



――叔父上に花を編んで差し上げるんです、河原近くの蓮華畑で出逢ったそいつは俺に言った。
「……」
まったく、何を養分にすりゃ茎も葉っぱもこんなに丸々育つモンだか、一本摘み取った花を手に俺は眉を顰め、そのまま草の上に放り出そうとした。
(……。)
が、少し考えて、無心に花を束ねているそいつの前に手を突き出す。
「――ホラよ、」
手を止め、俺から花を受け取ると、俺を見上げてそいつは笑った。
「……ありがとう」
指先と同じ白い着物が草色に染まるのも構わず野っ原に座り込んで、明るい日差しがキラキラと真っすぐに伸びたそいつの髪を梳く。
灰色に景色の澱んだ辺りでこの花畑だけが異空間なのだとしても、およそ場違いの感は否めなかった。ふらふら迷い込んだにしたって、よく途中で人買いに掻っ攫われなかったものだ、俺みてぇな小汚いクソガキでさえ、切羽詰まると連中見境ねーからな、
「……どっから来たんだよオマエ、」
そいつの隣にしゃがみ込むように俺は訊ねた。
「……」
人差し指を顎に当て、しばし考え込む仕種のあとでそいつは川の上流を指した。
「――あっち、」
「……川伝いに歩いてきたのか?」
俺は手当たり次第にそのへんの花をむしった。まぁ、川下よりは大分様子がましとは言え、あの辺りもそんなに気持ちのいい場所とは言い難い。
「……よくわからない、」
編み掛けの束を手に、そいつは困惑した表情を傾けた。「ただ、ここにきれいな花畑があると思って、それで――」
「叔父上のみやげにしようって?」
俺はフンと鼻を鳴らした。年の頃はそう変わらないように見えたが、随分ガキっぽい奴だと思った。
「叔父上は喜んで下さるだろうか?」
内心バカにされているとも知らず、そいつは俺に満面の笑みを向けた。俺は一瞬怯んだ。さっき花を渡したときもそうだったが、そいつの笑顔は、妙に何か、何か胸の内側をおかしな方向に引き攣らせて引っ張るのだった。
「……知らねぇよ、オマエのオジさんのことなんて、」
俺は摘み取った花の束をそいつの前にどさりと置いた。もうすっかり当たり前のように、そこから手元に花を継ぎ足しながらそいつが言った。
「叔父上はとても立派な方なんだ、いつも私の知らないことを私に沢山教えてくれる、」
「へー」
俺は形ばかりの相槌を打った。興味がない、というよりむしろそいつがその叔父上とやらの話をいちいち俺に話して聞かせるのが面白くない気さえした。理由はわからない。
「私は叔父上が大好きだ」
「……」
俺は返事をしなかった。両端の繋がった花輪を天にかざしてそいつは笑った。
「叔父上も私に言ってくださった、お前のことが大好きだよって、だから――、」
俺はそいつの手から編み上がったばかりの花輪を奪った。何をしようとしているのか、自分の行動に説明がつかなかった。立ち上がって石ころだらけの河原へ走ると、俺は流れに花を投げ捨てた。
川面をくるくる踊るように、回りながら花輪が歪んだ視界を下っていく。
「――、」
肩に息を切らせて振り向くと、花畑の中に座ったまま、そいつは静かに笑っていた。
「怒んねーのかよ!」
拳を握り締めて俺は喚いた。俯いて、かたく目を瞑って、身体の内から沸き上がるやり場のない感情に耐えていた。
「……一緒に、叔父上のところに花を送ろう」
いつの間にか、真横に並んでそいつの柔らかい声がした。俺は奴を見た。
「君が摘んでくれた花だよ」
そいつは手にした花の束を半分分けて俺に寄越した。それから、にっこり笑って言った。遠くを眺めるように少し目を細めて、随分大人びた表情に見えた。
「叔父上は、この川の流れ着く先にいるんだ」
「……、」
一つ呼吸を啜り上げて、ようやく俺は理解した。自分が何に憤っていたのか、わけもわからず零した涙の理由も、――徒に死に焦がれる目の前の少年の無邪気さと、翻ってそれすら優雅な戯れに思える我が身上の滑稽さ、それから、どこぞの草葉に立っているなら見て見ぬ振りの叔父上とやらの怠慢に。
ぐしゃぐしゃの顔を拭って、そいつと一緒に一輪ずつ花を流す。ふと、このまま時が止まればいいと思った。最後の一本は、川に放さずそいつの髪に挿してやった。なぜかそうしてやりたかった。
「……ありがとう、」
花に手をやり、そいつが薄く笑った。しゃがみこんだ姿勢に手を貸して、二人並んで河原に立つ。ほとんど変わらなかったはずの背丈がそいつの頭と肩一つ、見上げなければ俺は相手の顔が見えなかった。
「……私と一緒に行きますか?」
少し低まったそいつの声が訊ねた。草染みのついた白い着物、長い髪の耳元に俺の挿した蓮華の花が揺れている。
「――別に、行ってやってもいーけどさ、」
仏頂面に俺は返した。限度以上に理解の範疇を超えていると、意外と人間開き直ってどーでもよくなるモンだ。
「見張ってねーと、アンタ本当に川の向こうに流されちまいそーだし、」
「……そうですね、」
川から吹いてきた風に髪を押さえて、あの人がくすりと肩を揺らした。
「君のおかげで救われました」
あの人が手を差し出した。頼りない、細くて白い指だった。あの人の手を引くように俺は上流に向かって歩き出した。
重ねた手のひらに、確かな互いの体温が沁みていく。俺の方が、あの人より少し熱い。


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