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みっふー♪
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花を送ろう、君を迎えに

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春傷



花冷えの季節を過ぎて、朝晩の空気もだいぶ緩んできた。
あの人もこの頃は前みたいにやたらとフラフラ出歩かない。うたた寝ごとに悲しい夢も見ていない様子だった。
……だからってズケズケそんなこと聞いていい理由には少しもなっていないのだけど。春草の間、何かと手間掛けさせられた意趣返しも少年の中に多少はあったかもしれない、とにかく自分は、あの頃どうしようもなく悪ガキだったから。
少し前から始めた手習いの最中、何気なさを装って少年は彼に問うてみた。
「……その先生のオジさんてさぁ、どーゆー人だったわけ?」
「立派な方でしたよ、」
急に振られて面食らうかと思ったが、彼は静かに笑って言った。
「それだけ?」
筆を片手に少年は詰め寄った。少し考え込んで彼が言った。
「……立派だけど、ちょっとお茶目なところもあって」
「他には?」
勢いに任せて畳みかける。文机の前で彼が笑った。
「私は大好きでした」
「で、何で死んだんスか?」
なるべく顔色を変えずに聞いたつもりだった。硯箱に手を上げかけて彼がじっとこちらを見る。少年も逸らさず見返す。彼がふっと表情を緩めた。
「知りたいですか?」
「知りたいですかって、知りたいから聞いてんすけど、」
今考えれば随分横着な物言いだった。腹を立てられても仕方なかった。
「そうですね」
けれど笑顔のまま彼は言った、「……私も聞いてみたいです」
そのときはそこで話が終わってしまったが、あとになって噂にぼんやり耳にしたところによると、件のその人は当時謹慎中の身ではあったが、ほとぼりが冷めればじき許されるはずだった。それを勝手に腹を切って、余計に罪を重くして、そうまでして断ち切りたい何かが現世にあったのか。今となっては知る由もないが。
その日晩飯も済んだ時間、急な墨書が入って後回しになっていた朱入れを持って彼が少年の部屋を訪れた。貰った半紙には珍しく丸が付いていた。すっきりと一重ではあったが。
「だいぶ良く書けるようになってきましたよ」
少年を前に正座した彼が笑った。行燈に灯った明かりの脇で少年は重々しく頷いた。
「教え方がイイ、ってか、生徒のデキも相当イイのかしんないッスね、」
「……」
少年のすました真顔に彼が噴き出した。と、髪に隠れてくすくす揺れる白い着物の左胸に、小さな黒い染みを見つけて、
「先生ココ、」
少年は彼の胸を指差した。
「ああ、多分昼間に……」
笑いを止めて俯いた拍子に、滑り落ちた彼の髪が少年の指を攫った。妙な具合に鼓動が跳ねる。持て余す感情を宥めるように、少年は肩に大きく息をついた。
「――先生、」
「何ですか?」
見上げた至近距離に首を傾げる彼の顔、ぐらつく頭の底を振って、瞬きすると少年はしっかと目を開けた。
「先生のココには、何があるんですか」
口にしたあとで、自分でも何を聞いているのかわからないと思った。
「……そうですね、」
彼がふと微笑んだ。それからゆっくり、一言ずつ噛み締めるようにして言った。
「あったかいのとかつめたいのかと、尖ったものや柔らかいもの、きれいなものも汚いものも全部まとめて入っています」
「はぁ……」
撥ねた後ろ頭を掻いて、少年は曖昧に頷いた。そもそも自分の質問もだが、彼のそれもわかったようなわからないような答えだった。
「君はどうですか?」
彼がにっこり訊ね返した。少年の心臓が再びどくんと脈打った。
「……ちょ、急に言われてもわかんないス、」
少年は頭を掻いて俯いた。本当は答えの候補は一つだけあった。入れられるものなら目の前の彼の笑顔をしまっておきたい、寝る前ででもどこででも、いつでもすぐに思い出せるように。


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