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ネオ・チネマ・パラディッソ 3

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 人のまばらな空港のロビーで、数人の見送りに別れをつげる。

 卒業の時期まで待たずに発つ事情もあって、身内にしか知らせていない、ひっそりとした出発だった。
 最後まで強固に反対していた父は、空港には来ていない。餞別でぱんぱんになった鞄を黙ってわたしに持たせると、そのまま居間で背中をむけた。涙を見せるのが嫌だったのだろう。わたしのまわりの男は不器用者ばかりだ。

 唯一の例外であるひとが、静かに見送りの言葉をのべる。
「お気をつけて。幸運を祈ります。来年はわたしも同じ学校を受験するつもりです」
 音楽に関しては大先輩であるローデリヒさんは、実際にはわたしより一学年年下だ。 
 来年自分が合格することに露ほどの不安も感じていないその口調があまりに彼らしくて思わず笑う。なにがおかしいのかと、首をかしげた後、ローデリヒさんは少し迷うように間を置いて、口をひらいた。
「…彼は、良かったのですか」
 大人びた彼にはめずらしい、年相応のためらいの滲んだ口調だった。
「…」
 ギルベルトは、わたしの留学のことを何も知らない。
 言わなかった。言えなかった。あの目で見られて一言でも引き留められたら、振り切れないとわかっていた。質問には答えず、私は深々と頭を下げる。
「本当に、色々ありがとうございました」
 長年わたしにとってかけがえのない教師であった彼は、その一言ですべて察したようだった。めずらしくやわらかに微笑んで、そして片手を差し出す。
「…特にお礼を言われることではありません。あなたは刺激的な競演者でした。また向こうでお会いするのを楽しみにしています」
 わたしはその手を握り締め、もう一度、深く頭を下げた。



 * * *



 ステージの上に立ち、満場の客席を見渡す。
 まっくらなそこは、なにかが始まる期待に満ちて、しんと静まり返っている。
 それは、ああ。どこか、あの映画館の暗闇に似ているようだ。



 わたしは両手をひろげ、その懐かしい暗闇に、身を投げ出すように歌う。

 幼い頃から憧れ、焦がれて、けれどけしてわたしの手には入らなかった初恋の少年に向けて。
 卑怯で、情けなくてみっともなくて、けれどまぎれもなく必死だった、あの幼い恋に向けて。


 ありったけの声を振り絞り、愛している、と歌い続ける。