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まずはてのひら

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まずはてのひら







てにはいればそれでいい。







「かわいいねーぇ、よしよし」

何が楽しいのか、隣の541番は仕事で回ってきた人形を賃金がわりに一つ譲り受けた。
外の男は人形の数が合わないことに少し顔を歪めたが、労働賃金よりそれ一つの方が安かったのだろう、一瞬後にはいやらしい笑顔で「yes」と答えていた。その顔にはしっかり「バカな男」と書いてあったと記憶している。
そのバカな男は、あれから2時間たって尚、一時間の対価であるそれを愛でて時間をつぶしている。
しばらくの間は人形を開けて並べ、またしまいと繰り返し、ある程度やって飽きたのか今度は人形をころころと転がしては起こして撫でる、というまったく意味のない手遊びを小一時間繰り返している。

つまらないだろうに。

キレネンコは無表情に無表情を重ねたような顔の下でそう思い、雑誌に目を通しながら人形を転がす男の手を思い浮かべる。

食事の皿を置く時の少し骨ばった手。
ひよこを選別している時の柔らかそうな手。
人形を組む時の意外と器用な動き。

あれはあれの見た目どおりにあたたかいのだろうか。





「・・・あぁの、きれねんこ、」

どーか、した?

と、少々間延びした声で問われて、自分が男の手をがっちりつかんでいることに気が付く。
ベッドで雑誌を読んでいたように思うのだが、いつの間に。
己の不可解な行動にふむ、と少し息を漏らし、どすんと緑の男のベッドに腰掛ける。
反動で人形と男が僅かに浮き、むほ、と少しうれしそうな声を漏らす。
むに、と手の中の手のひらをつかみなおせば、思っていたよりはしっかりと男の手で、しかしやはり想像どおりに暖かかった。
少し骨ばっていて、しかし自分のものより筋肉質ではない、少々荒れた労働者の手。
爪は少し深爪気味で四角く、先の丸い短い指をしている。
お世辞にも整っているとは言い難いが、不思議と暖かく柔らかなそれは、少し寒い監獄で手放すには充分な惜しさをキレネンコに与えた。

むに、むに。

断続的に、気まぐれに手を押すキレネンコに抵抗するでもなく、プーチンはほけぇ、と口を開いたまま首をかしげた。
バカ面だ。美醜にうるさいキレネンコの審美眼に叶うはずもない間抜けな顔である。
特別男に対してなんの感情を抱くでもなかったが、しかしこの手は少し気に入った。
男がもし死ぬのなら、手だけは形を残してやろう、と気まぐれに思い、再びむに、と手のひらのやわらかな部分を押す。

「きれねーん、こ」

癖の強い、間延びした声がかかる。
キレネンコが顔をあげると、にひゃ、とやはり間抜けな顔で笑う男が嬉しそうな声音でのたまった。

「気ぃに、いった?」

ゆったりとしたリズムのように、歌うように喋る男からの言葉にキレネンコは瞳孔の開いた目をきょときょとと揺るがせ、やがて言葉を飲み込んだように頷いた。
そっかぁ、と嬉しそうな男が呟く。キレネンコは再びむに、と手の中の暖かな弾力を楽しんだ。



気に入ったか、と聞かれて、気に入った、と答え。
そうか、と笑うのならば、これはもう俺のものでいいのだろうか。
男がついてくるのは少々邪魔だが、この手はまぁあってもいい。

ならばこれは俺のもので、



今この時から、俺のもので。









無表情の下でキレネンコが自分勝手な納得をしているとは知らず、にこにことプーチンはされるがまま笑っていた。














ほしいもの、二個目。




※次ページ後書き
作品名:まずはてのひら 作家名:ゆうや