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FAFROTSKIES(ファフロツキーズ)

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星の光を遮る厚い雲が夜空を覆っていた。
 永劫巡る四季は再び冬になり、夜には一層外気の凍える月だ。
 帝人は銭湯帰りにふらふらと池袋の路地を歩いていた。特に用は無く、ちょっとした寄り道、冒険のつもりだった。
 危なげな人も、暇を持て余した若人でさえ冷気を避けて通るようで、いつもはその深淵に幾つもの気配を抱く路地も、今はその細い空間に冷たい風を通すばかりであった。
 広い湯船で温まった体はすっかり冷えてしまったが普段は訪れる事のない場所というのは十分非日常で、帝人は鼻の頭を赤くしながら上機嫌で路地から路地へと歩いていた。
 街を彩る光の余韻だけで薄く輪郭の見えるダクトや勝手口、汚れた壁、道に転がる煙草の吸殻やお菓子の袋。
 全てが等しく汚く、正しくそうであるようにそこにあった。
 非日常の残り香を満喫しながら、帝人は夜の池袋を歩く。
 頬を冷たい空気に裂かれても胸の奥は暖かかった。
 ふと、雲の上で星が強く瞬いたような、空気の動く感じがして帝人は空を見上げた。
 大きな羽が空を打つような風の音。
 それは黒い鳥に見えた。
 漆黒の翼が風に翻って、空を覆う天蓋をしょってまっすぐに落ちてくる。
 光の宿らない赤い瞳と目が合った。
 「あ」
 どちらからともなく、声が漏れた。


 衝撃に明滅する視界に臨也はしばらく動けずにいた。
 強く打ったのは体の片側だけのはずなのに、痛みは全身に波のように伝わった。
 「大丈夫ですか!?」
 痛覚が聴覚を覆い、臨也はどこか遠くで少年の声を聞いていた。
 帝人は自分を避けて地面に転がった男に駆け寄る。
 暗い視界に鮮明な線を結ぶことは出来なかったが、赤い瞳には見覚えがあった。
 地面に横たわる体の傍に膝をついて、そっと肩に触れると帝人は知人の名前を呼んだ。
 「折原さん……大丈夫ですか?」
 「…………なんとか、ね」
 臨也は自身の表情が痛みに歪むのを忌々しく思いながら起き上って言った。鈍い痛みが体を苛む。
 熱を持つ肩を撫でるように、帝人の手がすっと背中へ滑っていく。
 「すみません。僕が避けられなかったから…」
 「別に良いよ。俺もちゃんと確認しなかったのが悪かったんだし。で、帝人君、君はまたなんでこんなとこにいるわけ?」
 「えっ」
 背中を支えるように置かれた掌の熱に気をとられながら、臨也は帝人に訪ねた。
 「……あの…銭湯の帰りで、少しばかり寄り道を」
 好奇心で非日常を体感していましたとは言えず、帝人は目を合わせないように臨也の肩を凝視した。
 「そう」
 「……折原さんは、どうしてこんなところに?」
 聞いておきながらそっけない相槌を打った臨也に、帝人は沈黙を恐れて言葉を紡ぐ。疑問と一緒に空を仰ぐと屋上の柵の低いビルと細く切り取られた夜空が見えた。
 あそこから降りてきたのだろうか。
 帝人は臨也の運動神経に感嘆した。ゴミ箱を投げつけられたときも何事もなかったかのように走っていったのを思い出す。
 「仕事で来てたんだけど、シズちゃんに見つかっちゃってね。…まいたと思うけど」
 「平和島さんに?」
 帝人は思わず辺りを見回す。もし彼がここに来たら大変な事になるのは目に見えているし、自分を避けて体を酷く打った彼が今、あの凄まじい力から逃げ切れるかどうかは疑問であった。
 「ねえ、帝人君」
 静雄の名前が出たとたん目の色を変え、自分から素早く体を離した帝人を見て臨也は眉を顰めた。
 労わる様に背中に当てられていた温もりが途端に恋しくなって、帝人の腕を引く。
 「匿ってよ」

 「もうすぐですから」
 帝人は肩にかかる重みに耐えながら白い息を吐いた。
 肩を組むと言っても身長差が邪魔をして、帝人は臨也を下から支える形になっていた。
 「ほんとにごめんね。まさかあんなとこに人がいるとは思わなくってさあ」
 臨也は覚束ない足取りとは対照的に軽く笑って言った。
 臨也の提案で、帝人は彼を自宅へ連れていくことになった。
 「あの、本当に病院とかじゃなくて大丈夫なんですか?」
 「平気。それよりシズちゃんがしつこくて、疲れちゃったんだ。また見つかっても面倒だから、ね、ちょっとだけで良いから」
 「それは、かまいませんけど……」
 素人目に見ても、臨也はかなり無理な体勢で地面に接触したように見えた。
見上げると、息をするにもどこか苦しそうだった。
 帝人はできるだけゆっくり歩みを進める。
 路地を抜けて、住宅街の灯の下で見る彼はどこから見ても優男で、強い光に濃い睫毛の影が白い顔に落ちていた。とてもナイフを振り回して標識を捌いたり出来そうにないと言うのに、全く人は見かけによらないとはよく言ったものだと帝人は思う。
 「…大きな鳥が落ちてきたと思いました」
 疑問を浮かべる臨也の顔を見ながら、帝人は続ける。
 「折原さんが落ちてきたとき、コートが翻って、羽みたに見えたから、黒い大きな鳥が落ちてきたと思ったんですよ」
 言葉の隙間から白い息を吐きながら帝人は言った。
 それはさぞ驚いたろうね、と臨也は笑う。それから帝人を試すような目で見た。
 「でも俺でがっかりした?謎の黒い鳥か、女の子が落ちてくれば良かった?」
 「え……」
 「もしそうだったら、再び君は見ず知らずの美少女、もしくは謎の生物と不思議共同生活だったのにね。ごめんね、俺で」
 「いえ……」
 探る様に覗きこまれて、帝人は一瞬目を逸らすが、再び臨也を見た。
 「あの、折原さんも僕とはあまり接点がありませんから、ある意味謎です、よ……。あ、あと、折原さん綺麗な顔だと思いますし、それに…一時ですが家にくることになりましたし…だから、あまり変わらないと思います。その、つまり、がっかりしてませんって事が言いたくて……折原さん?」 
 幼い瞳を真摯に向けながら、顔を赤くして拙い言葉を並べる少年を前に、これはどう捉えれば良いのだろうかと臨也は考える。
 彼なりのお世辞か、空気を読んだのか、それとも本心なのか、単に初心なのか。
 臨也はじっとその瞳を見たが、浮かぶのは焦りばかりでそれ以上のものは見えなかった。
 「そう……太郎さんも男の子だから、やっぱり美少女とのミラクルな出会いの方が良いのかなって思ったんですよう。落下系美少女みたいな!」
 「な、なんでいきなり甘楽さんになるんですか!?」
 結局、臨也はお茶を濁してその話題を切り上げる事にした。
 彼が何を望もうと、どうでも良いことだ。それが池袋の自動喧嘩人形でも、クラスの気になる女の子でも、首無しライダーだって。
 「家、見えてきましたよ」
 息を弾ませながら帝人は臨也に告げる。
 錆びた階段に薄汚れたアパートがすぐそこに見えた。
 「大丈夫ですか?」
 今日、会ってから何度目かのその言葉に臨也は微笑んでみせた。つられたように、彼もはにかんで笑うのが、それがなんだか不思議に気分が良い事だった。
 よくわかないから、よくわからないままにしておこう、と臨也は考えた。今はそれで良いような気がした。