踊る、着ぐるみ戦線
「きゃっ・・・・・・兄さま・・・! 」
リヒテンシュタインがにわかに自分の腕に縋りつき、何かから身を隠すように身体を竦めた。その身は
怯えたように震えている。
「何事だリヒテ・・・・・・ っ! 」
その一言と ジャキッ、という物々しい銃の装填音はほぼ同時に発せられる。
次の瞬間には何処から取り出したのか、常に手放すことのないライフルが彼の手中に有った―片膝をつき構える姿勢を取り、銃口は既に狙いを定めている。
その先にいるのは、猫耳とその尾と思われる装飾以外には何も身に着けてはいない・・・・・・いや、それらと共にあとはひとつだけ股間に薔薇を纏った、ほぼ全裸の要注意人物の姿があった。どうやら猫に仮装しているらしいが、常日頃の装いとさして変わりはない。
「やはりあいつか・・・・・・リヒテンの清らかな視界を汚しおって! 」
怒髪天の矛先を平常運転である隣国へと方向転換し、引き金に力を込める。が、
そう離れた距離でもないのにひらひらふわふわとしたフランスの動きを読むことは難しく、おまけに人通りが多く危険なこともあって思わず舌打ちが漏れた。
「なんだぁスイス、そーんな可愛い格好のくせに物騒なもん構えやがって~」
ふと頭上に差した影に目をやると、見覚えのある服装の2人が兄妹を取り囲んでいる。イギリスとプロイセンだ。
彼らの纏うのは昔相当な『やんちゃ』を働いた時の一張羅であって、それもあってか日頃より気が大きくなっているように見える・・・・・・その手には酒らしきものの入ったグラスが在ったため、予測は確信へと変わった。
「・・・・・・邪魔をするな」
常日頃なら誰もが尻尾を巻いてその場を去るスイスの眼力も、酔っ払った2人組には通用しない。
うち1人は相当酒癖の悪いことで非常に有名で、既にその兆候である『白目を剥き始めている』ことから
すぐにこの場を離れた方が懸命だと彼は判断する。
自分ひとりならば即座に攻勢に打って出るものの、今は妹が一緒だ。あまり派手なことはしたくない。
ゆくぞリヒテン とスイスは妹の手を引き、すぐさまその場を後にする。
遁走したようで気分が悪いがこの場合は仕方ない。今はこれが最良なのだ。
「あやつらもそう長いこと野放しにできぬが・・・・・・まずはあの変態からである」
リヒテンシュタインの手を引き、スイスは最上階である屋上へと繋がる階段を駆け上がる。そこでなら見通しもよく狙いも一発で定まるというもの。
とても走りにくい状態ではあるが息を切らしながらも、照明を落とした校舎内を駆け抜け、時折出現する人混みを掻き分けて目的地へと急いだ―その間
リヒテンシュタインは目の前を走る兄の姿に釘付けになっていた。
淡い金髪の狭間に揺れるカチューシャ式の付け耳に、ゆったりとしたサイズの着ぐるみとも言える衣装。加えて分厚い生地越しにも伝わる、しっかりと握られた手の温もり。左腕には大事そうに抱えた大きなエメンタール。そして何より
時折振り向き、こちらの安否を確認するその真剣な眼差しに(しかも今はこのお揃いの衣装でだ)、
リヒテンシュタインの胸は高鳴るばかりなのだった。