プレゼント・トラップ
平和島静雄は、不意打ちと言うものが苦手だ。
マジで。
古今東西、様々な種類の不意打ちがあるが、嬉しいものからイラつくものまで、不意打ちは本気で滅べと思っている。
まだ、喧嘩を吹っかけられたときの不意打ちならいい。嬉しくはないが折原臨也という仇敵のせいで大分慣れたし、不意打ちで殴られる分には殴り返せばいいことなので、単純明快、考える必要性も無い。楽勝だ。
だがしかし、嬉しいほうの不意打ちは、もう、なんだあれは。
死ねといいたいのか。
心臓が痛ぇよ、ばかやろう。
「だって誕生日だしね」
「そういう問題じゃねえ!」
1月28日、朝の平和島家。食卓にそっと差し出された、駅前のケーキ屋でしか買えない高級プリン。
普段から割りと兄を慕ってくれている弟の幽が、平然と「誕生日おめでとう」という声を聞きながら、お前今日は映画の撮影の日だから朝からいないんじゃなかったのかよ・・・!とやり場の無いくすぐったさに身悶える。
「撮影場所が近くだったから、一度戻ってきたんだよ。せっかくプレゼント用意したのに、渡せないんじゃ寂しいしね」
夜は何時に帰れるかわからないから、と言う弟に、本当に良くできた弟だ、としみじみと思う。
「あー、なんだ。ありがとな。帰ってから食う」
「うん。で、せっかくの誕生日なんだから、ちゃんと利用するんだよ」
「は?」
「帝人先輩」
「っは!?」
いや待てなんでそこでその名前が。
っていうか何でお前は「帝人先輩」呼びなんだ!?俺でさえまだ名前呼びにシフトチェンジできてないのに!と一瞬で混乱する。
「ばっ、なっ、え!?」
意味不明の言葉を叫ぶ兄に向けて、幽は微笑ましいなあと思うのだった。
「だって、好きなんでしょう」
「すっ・・・いやおま、えええ!?」
「いや、ばればれだから。洗面台の前で名前呼びする練習とかしてるし」
「見んなよ!」
「じゃあ僕が歯磨きしてるときに練習しないで」
「悪かった!」
こういう不意打ちやめろマジで、死ぬ死ぬ。うわああーと頭を抱えてしゃがみこんだ静雄に、お構いなし、とばかりに幽の声が飛ぶ。
「誕生日なんて口実にもってこいなんだから、さりげなく『俺今日誕生日なんですよ』とか告げて、何か貰いなよって」
「できるかぁ!」
「だって、上手くすれば帰りに奢ってあげるとかいう話になってデートできるかもしれないし、何が欲しい?とでも聞かれたら好きな人の日常使いの物品が手に入るんだよ、利用しない手はないよ」
「う、お」
それを言われたら心惹かれる。惹かれまくりである。ハロウィンのときのように、一緒に甘いものでも食べられたらどんなにか幸せだろうか。幸いにも帝人は静雄に対して親しみを覚えてくれているようだし、絶対に無理と言うほどのハードルでもないような気がする。
「頑張って」
幽が無表情でガッツポーズを向ける。
「お、おお」
それに軽くガッツポーズを返したら、満足そうに頷いて、弟はくるりと背を向けた。じゃあまた夜にね、そう言ってあわただしく家を出て行く弟を見送り、朝からほんのり幸せな気分の静雄だった。かったるい学校も、今日は楽しく過ごせるかもしれない、なんて思いながら足取りも軽く自分も家を出る。
さりげなく誕生日を告げる。
さりげなく、あくまで今思いついたとでも言うように。
正直者の静雄には難しいかもしれないが、多分帝人なら、多少のぎこちなさは流してくれると思う。
考えれば考える程、上手くいくんじゃないのかと言う気がしてきた。あとはあの仇敵が何もしなければ、とそこで静雄は決意する。
今日臨也がなにかしてきたら、ひねり潰す。
今日ならばできる気がした、いやほんとに、マジで。
繰り返すが、平和島静雄は不意打ちが苦手だ。
予想外のことをされるとどう反応していいのかわからない。特に、嬉しいほうの不意打ちは本気で苦手だって言ってるだろうが!
「静雄おはよう、何硬直してるの?」
「・・・新羅か。なあ、これなんだと思う?」
「何って、どこからどう見ても明らかにプレゼントだね」
下駄箱に入っていたかわいらしい包みは、ご丁寧にも水色の包装紙に黄色のリボンをかけてある。あまり大きいものではなく、軽い。
「・・・なんで俺の下駄箱に入ってるんだ?」
本気で意味不明、と言う顔をする静雄に、ええ?と新羅は驚き目を見張った。
「普通、誕生日にプレゼントを渡すのは当たり前のことだろう?」
いやそれはわかる。わかるが、静雄は静雄で、そして今日は静雄の誕生日だ。
「俺にプレゼントよこす奇特なやつなんて、いるわけねえだろ」
ぽかんとした顔で静雄はそんなことを言う。心の底から本気だ。小学校中学校と、怖がられたことは数知れないが、身内以外からプレゼントの類を貰ったことなど一度も無い。
一度もだ。
したがってこれが静雄宛の荷物だとは、どうしても思えないのだ。
「・・・となりの奴と間違ったのか?」
「いやいやいや・・・あのさあ、そこ、リボンにカード挟まってるでしょ」
「ああ?」
「平和島静雄君へ、って書いてあるよ」
「・・・はあ!?なんで!?」
いやなんでって言われても。開けてみれば、と言われて、静雄は恐る恐るそのカードを開いた。確かに平和島静雄君へ、と書いてある。マジで?
だからこういう不意打ちやめろよ!
「・・・臨也だ、臨也に違いない、あいつが俺に嫌がらせをするためにこんな真似を」
「筆跡違うじゃないか」
「じゃ、じゃあ門田だ門田なら気が利くからこういうことも」
「だから筆跡が」
「じゃあ誰だよ!?」
「うーん、ああ、あの先輩は?君最近良く話ししてる・・・」
「待て!」
耳をふさいで息を飲み、静雄は深呼吸を数回繰り返した。その名前を聞くには心の準備がまだ足りない。しっかり準備をしてからじゃないと何を口走るかわからないからもうちょっとまてって言ってるんだよ!
平和島静は、繰り返すが不意打ちが苦手だ。
特にその名前に関しては、相当の準備が必要なんだってば!
「静雄?何しているんだい」
「いいから待て、今精神統一で揺るぎない覚悟を」
「覚悟って何の?」
「今日こそ帝人先輩と呼ぶために俺は日々鍛錬をだな!」
「なんだ、そんなこと。いいよ好きに呼んでよ」
「そうは言っても・・・って、え?」
今聞こえた声はなんだ。静雄は耳を塞いでいた手を恐る恐るはなして、ぎぎぎぎぎ、とぎこちなく振り返った。
そうだとも、ここは生徒用昇降口。来良学園の生徒ならば、誰が通りかかってもおかしくない場所であるからして。
「ごめんね、手紙を中に入れるの忘れちゃったから、手渡し」
竜ヶ峰帝人はにっこりと微笑んで真っ白の封筒を差し出している。そのはるか後ろで、ごめんと手を合わせて先に教室へ逃げていく新羅の後ろ姿。
不意打ちには、だから。
正当な対処ができないと、何度言わせるんだ。
「うあ、え、りゅ、竜ヶ峰、せんぱ」
「帝人先輩って呼ぶんじゃなかったの?」
「み、みみみか、ど、先輩」
「静雄君、変なの」
くすくすと笑うその笑顔が、むやみやたらと眩しくて直視できない。心のそこから湧き上がる気恥ずかしさとむずがゆさに、静雄はどうすればいいのかわからなくてただプレゼントの箱を握りしめた。
作品名:プレゼント・トラップ 作家名:夏野